研究課題/領域番号 |
25370242
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研究機関 | 鶴見大学 |
研究代表者 |
片山 倫太郎 鶴見大学, 文学部, 教授 (90253012)
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研究分担者 |
田村 充正 静岡大学, 人文社会科学部, 教授 (30262786)
田村 嘉勝 尚絅学院大学, 総合人間学部, 教授 (50306081)
福田 淳子 昭和女子大学, 人間社会学部, 准教授 (70218923)
山田 吉郎 鶴見大学短期大学部, 保育科, 教授 (80137687)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 川端康成 / 文献学 / 原稿 / 草稿 / 書簡 / 日本近代文学 |
研究実績の概要 |
本年度は、まず伊豆に多数残されており、未だ手つかずの状態にある研究資料の収集と分析、ならびに、実地踏査をおこなった。川端康成が若き日、700日ほど逗留した伊豆湯ヶ島の湯本館は、「伊豆の踊子」ほか多数の作品を執筆した宿として有名である。湯本館には「千羽鶴」の原稿30数枚をはじめ、多数の川端ゆかりの品が保管されており、まずその調査をした。あわせて湯本館社長にインタビューをし、当時の宿や湯ヶ島の状態、写真の収集、作品中の風景描写との比較検討などを詳細におこなった。その成果は6月に湯ヶ島で地元の一般の方々を交えて開催された川端康成学会第43回大会(伊豆市教育委員会と共催)で発表し、まもなく刊行予定の「川端文学への視界」32号にも写真入りで公表される。また、同様の調査を旧下田街道と伊豆湯ヶ野の福田家(「伊豆の踊子」の舞台)でもおこなった。福田家主人は晩年の川端康成と懇意にしており、インタビューと資料収集、実地踏査をおこなった。 京都市奥嵯峨は、かつて大本教の修行道場であったが、中学時代に川端と同性愛の関係にあった小笠原義人が一家で修行していた場所であり、この地の実地踏査もおこなった。湯本館で執筆された随筆「湯ヶ島での思ひ出」は、「伊豆の踊子」の原形を含んでいるが、あわせて大本教の教主、および、奥嵯峨の小笠原義人のことが長文記されている。当時の湯本館主人は大本教の熱心な信者であった。大本教と小笠原義人を介して伊豆と奥嵯峨はつながっており、その宗教性と官能性の問題は、まもなく刊行予定の拙著「川端康成における官能と宗教の原点と再帰―草稿「湯ヶ島での思ひ出」を中心に―」で考察されている。 また、収集した資料の分析と公表を遺漏なく円滑におこなうため、茨木市立川端康成文学館を再訪し、館長ほか学芸員と協議をおこなった。
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