近代日本文学の代表的作家のひとり、大岡昇平の文学研究において、創作ノート・原稿類等の手稿までを視野に入れたものは、当該研究代表者の花崎育代による科研費課題「大岡昇平文学の基礎的および総合的研究―構想ノート・草稿類を含む―」(研究課題番号:21520217、平成21~24年度)以外はほぼ皆無であった。本研究はこの現状に鑑み企図したものである。平成25年度から5か年の計画では上記花崎の研究に連なるものとして、大岡の作家的出発期である戦後期の代表作『俘虜記』『武蔵野夫人』『野火』草稿類の補遺とともに、これらに続く時期の原稿を中心に調査研究した。
最終年度である平成29年度は、過年度の四年間行ってきた神奈川近代文学館(神奈川県)が所蔵する大岡昇平自筆資料のうち、上記の作品群についてデジタル一眼レフカメラにより撮影した原稿類の総合的精査を行った。遺漏がある場合には再調査や追加的撮影が必要であると予想されていたが、追加的撮影等は不要であった。(その他支出に計上されている撮影経費等は前年度3月に行ったため本年度計上となったものである。)そのため最終年度として、時間的に考察に集中することができたのみならず、資金的にも関連書籍購入を十全に行うことが可能となった。 研究成果物としては、大岡の代表作『花影』の長編小説としての読解に関し、活字媒体と原稿の双方から、過去に複数出来した吉野行記述批判の読解への異議を実証的に論じたものを白百合女子大学アウリオン叢書18号(『長編小説の扉』)に、また、『花影』の生成について原稿を含め考察した論考を『国語と国文学』に、それぞれ掲載した。なお大岡昇平の同時代作家で相互の関係性も強い三島由紀夫の「鰯売恋曳網」「海と夕焼」について、貴種流離の観点から考察した論文を『論究日本文学』に掲載した。
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