研究課題/領域番号 |
25370260
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研究機関 | 国文学研究資料館 |
研究代表者 |
武井 協三 国文学研究資料館, 名誉教授 (60105567)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 歌舞伎 / 17世紀 / 演技 / 演出 / 舞曲扇林 / 藩政資料 / 玉川千之丞 / 今村久米之助 |
研究実績の概要 |
本研究は、文献資料・絵画資料・民俗資料の三種の資料によって、17世紀歌舞伎の演技・演出の解明を目指すものである。 文献資料については、『弘前藩庁日記』『大和守日記』『宗家文書』など藩政資料からの歌舞伎関係記事の抽出と検討を、ほぼ終了した。また「役者評判記」についても関係記事の検討を終えることができた。とくに17世紀歌舞伎史上もっとも著名な女方役者初代玉川千之丞については、従来注目されていなかった文献資料『舞曲扇林』を読み込むことによって、その演技の実相を解明することが出来た。絵画資料による研究は、当年度もっとも成果の大きかった分野である。17世紀の歌舞伎を代表する女方役者、初代今村久米之助の画像が市場に出たのを発見し、早稲田大学演劇博物館に購入をはたらきかけ、同館が入手した。検討の結果、これは役者の個人名の判明する役者絵としては、現存最古のものであることが判明し、歌舞伎史研究上の大きな発見となり、さらには美術史研究にも楔を打ち込むものとなった。民俗資料については、当初福島県双葉郡浪江町の獅子舞を主たる調査対象としていたが、残念ながら東日本大震災後の復旧が見込めず、当該年度は東京都佃島盆踊りの調査のみに終わらざるを得なかった。 以上および平成25年度、26年度の研究を総合し、その成果を八木書店より刊行することを検討し、同書店から了承の回答を得た。書物の題名は『歌舞伎とはいかなる演劇か』とする予定である。構成は第一部総論、第二部各論、第三部資料の紹介と研究からなり、約350頁である。現在の原稿完成状況は、第一部90パーセント、第二部70パーセント、第三部50パーセントであり、平成29年度内の刊行を予定している。上述した玉川千之丞と今村久米之助の研究は、この本の核をなす研究となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
17世紀歌舞伎の演技・演出について、絵画資料の新しい発見があったため、研究は計画以上の進展をみた。平成26年度はフランス国立図書館デューレー・コレクション蔵の『としの花』(仮題)という絵画資料の発掘があったが、当年度(27年度)は今村久米之助の画像の発見という衝撃的とも言える成果があった。この画像は時代を寛文元年(1661)二年(1662)にほぼ特定することができ、描かれている役者も紋その他の徴証から、初代の今村久米之助と特定することができた。これは役者の名が分かる役者絵として現存最古のものとなる。この資料等を検討した結果、今村久米之助は色白の容貌に特色があり、ために高位の女性に扮することが似合う女方であったことが判明した。また、その顔を引き立てるため、被り物をしての登場という演出上の工夫を行った。 文献資料についても『男色大鑑』『舞曲扇林』などを詳細に読み込むことによって、初代玉川千之丞の演技を明らかにすることができた。千之丞は『伊勢物語』を典拠とする「河内通」という演目をヒットさせた。とくに美声を聞かせてから御簾を上げて美しい顔を見せるという、画期的な舞台への登場を見せ、初期歌舞伎に演技重視の端緒を切り拓いた。さらに「すさまじい」嫉妬の演技を展開し、嫉妬事の開山と呼ばれた。稽古の段階で鏡を使って登場人物の表情を工夫するなど、従来の女方が美貌にのみ頼ったのに対し、「演技」というものを歌舞伎にもたらした。 民俗資料による研究は一歩後退せざるを得なかったが、絵画資料・文献資料を用いての研究成果は大きく、その後退を補うことが出来た。 従来の歌舞伎研究は演技・演出の解明において、成果が乏しく、研究の実績は僅少であった。今村久米之助と玉川千之丞の演技と演出を、かなりの程度まで明らかにできたことは、歌舞伎研究の新しい成果である。
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今後の研究の推進方策 |
当該研究は、まとめの段階に入っている。 本研究の研究成果としての書物『歌舞伎とはいかなる演劇か』の原稿を完成することが、今後の課題である。該書の内容は、第一部総論「歌舞伎とはいかなる演劇か」第二部各論(『役者絵づくし』の研究ー諸本紹介・成立年代考証・象眼、断片の演劇ー歌舞伎と人形浄瑠璃、江戸の演劇空間ーもう一つの劇場、色白の女方ー今村久米之助の生涯、うわなりの開山玉川千之丞ー「河内通」とその演技、歌舞伎と見立てー初代市川団十郎の「景清」)。第三部資料紹介と研究である。原稿は約70~80パーセントが完成しているが、今後は残りの部分の執筆に邁進する。また、引用した文献資料・絵画資料を最終確認するため、各地の資料保存機関を訪ねる予定である。さらに、絵画資料などの掲載許可申請を初めとする、事務的仕事が多く発生すると思われ、これらへの対応にも時間を割く。 さらに平成29年8月にポルトガルのリスボンで開催されるEAJS(ヨーロッパ日本研究学会)において研究発表し、この研究の成果を海外に発信する予定である。ここで得られた評価は、最終段階で研究書に組み入れる。 該書の第三部は資料紹介とその研究であるが、核となるのは『役者絵づくし』の文字部分の翻刻である。これについては、粗原稿のためのメモ以外、まだ着手できておらず、当年度の大きな作業になるだろう。ただ、翻刻作業は論文執筆と異なり、一定時間をかければ着実に完成に近づいていくものであるため、6か月から12か月をあてれば完成をみるはずである。
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次年度使用額が生じた理由 |
資料調査費の旅費執行を効率的に行ったことで経費の節約ができたため。
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次年度使用額の使用計画 |
当初計画に従い、資料調査費の旅費にあてる。
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