John Lelandが『著名人伝』("De uiris illustribus")を著した主な目的は、イングランド国内で継承されてきたラテン語による「雄弁」の系譜を辿り直し、宗教改革後の国家の威信を支えるに相応しい文芸の伝統の構築をめざすことにあった。だが、その中には例外的に14世紀の詩人Geoffrey ChaucerとJohn Gowerの英詩への称賛が含まれている。本年度はまずこの事実に注目し、そこに人文主義的な見地からの俗語文学再評価の動きの萌芽が認められることを明らかにした。そのうえで、Lelandと親交のあったJohn Baleによる作家評伝執筆("Illustrium majoris Britanniae scriptorum")、および同時代のWilliam ThynneとBrian TukeによるChaucer作品集刊行の企ての中にも、同様に人文主義とナショナリズムの接近の跡が示されていることを明らかにした。次に、Lelandと同じく人文主義教育を受けたエリザベス朝期の詩人Philip Sidneyの"The Defence of Poesy"とEdmund Spenserの"The Shepheardes Calender"を考察の対象に加え、英語による「雄弁」の伝統の新たな創出が国民的アイデンティティの構築にとって必要不可欠であるとの認識がこれらの作品の根底にあること、そうした認識が、これらの詩人とLelandとを結びつける思想的連続性の証左となっていることを明らかにした。最後に、18世紀に入ってLelandの著作が相次いで出版されるに至った経緯を検証し、18世紀後半に刊行されたThomas Wartonの"The History of English Poetry"の中にLelandの文芸史観の影響が認められることを確認することによって、宗教改革期の国民主義的な人文主義の思想が後代に継承された過程の一端を明らかにすることを試みた。
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