平成27年度は、ロマン派期小説においてリアリズムとロマンスがいかに交錯するのかという問題に理解を深めるため、グレイト・ブリテンとの「合同」という「政治的現実」を連合王国の周縁部から経験したマライア・エッジワースの作品を中心に再読した。植民地のリアリスティックな表象の限界という問題系を重点的に考察し、エッジワースが植民地の文化的他者を描く際のリアリズムとロマンスを交える語りの戦略を、アイルランド表象のみならず、インド表象、ジャマイカ表象を含めた対象に拡大し、イギリス帝国拡張のコンテクストを重視して、比較検証した。 エッジワースが大衆向けに書いた物語集Popular Tales (1804)は、教訓と職業言説を織り込み、出版当時フィクションのジャンルでは例をみないほど受容が熱狂的であったとされる。近年、主にポストコロニアル批評の観点から再評価が進むところである。この物語集に収録されている 'Lame Jervas'や'The Grateful Negro'などのオリエント表象やカリブ海表象が、いかにOrmond(1817)などの主要小説の他者表象を補うか分析した。 これらの物語が主要小説よりも露骨な形で植民地の近代化を見据えた主従関係の在り方を描いていることを確認し、リアリスティックな描写と理想化の間を揺れる語りのモードの力学を比較した。特にPopular Talesで、イギリスの読者向けに、インドやカリブの奴隷の表象においてリアリズムを妥協し、奴隷たちのイギリス人主人への忠誠を理想化する語りの戦略に注目した。研究の成果は学会で口頭発表したのち、学術誌に掲載予定である。
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