研究実績の概要 |
舞台上で手紙が重要な意味で言及されたり、小道具として用いられるのは、Thmas Kyd, SPANIAH TRAGEDY (1582)が書かれた1580年代からであると推定される。むろんそれ以前にも、14世紀のWakefield Plays (The Towneley Plays) のTLN 73, 128に早くも "letters"への言及がみられ、15世紀のCONVERSION OF ST. PAULにも3例が見つかり、Henry Medall, FULGENS & LUCRECEになると「手紙を送る」(sendyth you a letter)といった表現が現れる。しかしそれはむしろ、識字率の向上とともに、通信手段として手紙が見慣れたものになった証拠であり、必ずしも演劇表現として手紙の手法が発展したわけではない。 1520年代以前は、舞台での手紙の言及・使用はきわめて散発的である。たとえば、John Heywood, THE PARDONER AND THE FRIAR (1527)には3度手紙が出てくるものの、同作家の他の作品には一例も見られない。むしろ、この時期に目につくのは、Nicholas Udall,THIRSITIES (1537)での手紙への言及であり、劇での手紙の使用が翻訳の上演によって推進された可能性を示唆する。翻訳作品では、IPHIGENIA IN AULIS (1558)も20か所近くで手紙に言及しており、この仮説の裏付けになるかもしれない。 現存する劇テクストの古版本のテクスト(ト書きを含む)を1610年(Barbage, ANNALS, 3rd ed.に拠る)まで調査した限りでは、1580年代から劇中での手紙の言及・使用は拡大し、用例も増加する。それにしたがって、劇中で手紙が果たす機能は誤配、盗難、書き換え等によって、複雑化していく。
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