研究実績の概要 |
英国初期近代演劇の手紙の演劇的用法に迫るため,英国演劇の黎明期から17世紀末までに英語で書かれ、テクストが現存して入手できる劇を調査し,手紙の用いられた例を収集したが、最終の今年度はすでに「手紙」を意味する“letter(s)”, “paper(s)” の語がみつかっている劇について,他に「手紙」にあたる表記が出てくる箇所がないか目を配りながら,「手紙」が出てくる箇所について,現代版本と初期版本を照合した。 データの最終確認に当たっては, 初期版本はEnglish Short Title Catalogue (ESTC) とリンクしている Early English Books Online (EEBO)のほか,Tudor Facsimile Texts (TFT) ,及びBritish Library(BL)が所蔵する版本を閲覧し,現代版本はMalone Society Reprints (MSR)などの他,学術的に編集された版を用いた。 とくに古綴りで原文を引用したため, 綴りや句読点を中心に, 引用文の校正に注意を払った。その過程で「手紙」を意味するかどうかについては、初期近代の劇テクストもさることながら中世劇を改めて吟味し, 手紙を「(その場にいない)差出人が特定の受取人(たち)にたいして,何らかの情報を個人的に通信するため送る書面」と定義すると,サイクル劇や道徳劇には「手紙」と呼べる“letter”の用例は見当たらないことを確認した。 その結果,「手紙」が初めて現れるのは,1497年の『フルゲンスとルクリース』であることがほぼ間違いないことが分かった。ルネサンスの人文学の洗礼を受けて,ギリシア・ローマ演劇を知る知識人が,ある程度の複雑さをそなえた劇を書くことが,手紙が英国演劇に現われる前提だったと考えられる。
|