研究課題/領域番号 |
25370303
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
竹内 美佳子 慶應義塾大学, 商学部, 教授 (00227000)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | アフリカ系アメリカ文学 / アメリカン・ルネサンス / ラルフ・エリスン / リチャード・ライト / 公民権運動 / 脱植民地化 |
研究概要 |
公民権運動と脱植民地化運動に力を与えたアフリカ系アメリカ文学の社会的意義を考察することが、本研究の目的である。2013年度は、公民権運動の先駆けとなったラルフ・エリスンの文学が、19世紀アメリカ文学から得た影響に着目して研究を行なった。エリスンは一連の評論においてアメリカン・ルネサンスの文学を論じたが、小説の中にも19世紀文学に対する批評的言説を潜ませ、虚構を通してアメリカ文学論を企図した可能性がある。「ベニート・セレノ」(1855/56)の一節をエピグラフに掲げる小説『見えない人間』(1952)が、メルヴィルの文学を底流に意識するのは明白である。エリスンの小説は、メルヴィルの描く南洋の奴隷反乱を20世紀アメリカの社会的文脈に据え直し、人種搾取という植民地主義の遺物に異議申し立てをする。本研究では、小説様式を駆使した文学批評という観点から『見えない人間』を捉え、エリスンがメルヴィルの『白鯨』(1851)、「書記バートルビー:ウォールストリートの物語」(1853/56)、『信用詐欺師』(1857)に描き込まれる社会意識を、自らの作中人物に憑依させるさまを分析した。小説『見えない人間』の内包する19世紀アメリカ文学への言及を読み取るとき、古典文学をアフリカ系アメリカ人の視点で現代に蘇らせた、作家エリスンの文学批評家としての特質が浮かび上がる。19世紀アメリカ文学をサブテクストとして組み込む『見えない人間』は、既存の批評で不可視にされてきた「他者」の存在を隠喩的技法で解き放ち、読者を新たな読みの可能性にいざなう。エリスンの文学解釈は、自らの「他者性」によって人種や階級を横断してゆく対抗的な読みであり、20世紀後期に顕在化する多文化的批評を予示するものである。以上の研究を、日本アメリカ文学会第52回全国大会(2013年10月)において発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の主眼は、アメリカの公民権運動と世界の脱植民地化闘争に原動力をもたらした、アフリカ系アメリカ文学の特質を探ることにある。2013年度は、20世紀のアフリカ系アメリカ人作家ラルフ・エリスンが19世紀文学から得た影響を、ハーマン・メルヴィルに焦点を当てて分析した。ラルフ・ウォルドー・エマソンとヘンリー・ソローの政治思想は、20世紀中葉までアメリカの批評で等閑視される傾向が続き、メルヴィルの文学に奴隷解放思想を読み取る批評が本格化するのは、1980年以降である。かかる受容史の中で、アメリカン・ルネサンスの文学がもつ社会意識の真価を1940年代に論じたエリスンは、文学史上きわめて先駆的な批評家と評価することができる。19世紀の奴隷解放思想と20世紀の公民権運動とを繋ぐ、作家の革新的な批評意識を明らかにした点に、本年度の研究意義があると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
20世紀アメリカの同時代作家であるリチャード・ライトとラルフ・エリスンの影響関係ならびに独自の発展を、大恐慌から公民権運動に至る歴史を背景に検証する。ライトとエリスンは、ともに大恐慌期のニューヨークで、左翼思想やニューディール政策下のFWP(連邦作家計画)に関わりながら、文学者として出発した。第二次世界大戦から冷戦期にかけてのライトは、表現活動を監視するアメリカ国家機関との確執のなかで、ヨーロッパの実存主義に傾斜を強めた。フランスで亡命作家となった後は祖先の地アフリカに向かい、脱植民地化闘争へ意識を拡大する。ライトは地理的移動を続けながら、グローバルな視点で現代世界を見つめた作家である。他方エリスンは、奴隷解放運動の中心地であったニューイングランドに拠点を定め、植民地時代以来の国家的理念とその矛盾を追及し続けた。エリスンは、19世紀の奴隷解放思想を、現代人の意識に蘇らせた作家である。伝記群の比較考証、および手稿を含む文献調査を通じて、対照的な文学者の軌跡を跡づけてゆく。冷戦期に監視活動を行なったFBIとCIAに関する記録は、ライト晩年の作品を理解するうえで重要になろう。時代を画した文学者の人権意識を、20世紀の社会史に照らして多角的に考察する。
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