研究概要 |
1712年のダブリンでAmbrose Philipsという詩人の“A Lady Transformed into a Tea-Pot” という詩が出版された。女性がティーポットに変身するという内容である。この詩は何を意味しているのか。さらに、18世紀の英文学において、ティーポットまたは陶磁器はどのような意味で女性のメタファーとして機能したのか。このような疑問を解決することが平成25年度の研究課題であった。PhilipsはAlexander Popeの“The Rape of the Lock”に影響を受けたと思われる。この詩には“The Cave of the Spleen”という場面があり、“living Teapots”が登場する。ヒロインのBelindaの心象風景であるこの場面は、Belindaが髪を切られた直後に登場する。“spleen”とは、当時のイギリスで特に女性の間で流行した病気であり、メランコリーまたはヒステリーとも呼ばれた。激情にとらえられたBelindaは同時に激しい性欲にもとらえられている。“The Cave of the Spleen”に現れる幻想は彼女の性欲が出現させた幻想であった。女性と「容器」との結びつきは聖書に始まるが、「容器」としての女性の「脆さ」は道徳面にも及ぶと考えられるようになり、「容器」または「陶磁器」のメタファーは英文学史を通じて女性を揶揄するためにしばしば使われた。Philips 以外に分析した詩は、The Earl of Rochester, John Gay, Jonathan Swiftなどである。女性のメタファーとしての陶磁器という英文学史の伝統的コンテクストの中にこの詩を置き直してみることによって、Philipsの詩が、女性の道徳的脆さや性欲などを批判する女性蔑視の伝統に参与する詩であるということが明らかになった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成25年度は劇作品の分析を十分に行うことができなかった。たとえば、William Wycherley のThe Country Wife (1675) には、婦人たちが次々とchina closetという小部屋で浮気を楽しむ “china scene” と呼ばれる場面がある。この場合陶磁器が象徴するのは男性性または性欲であるが、陶磁器だけではなく陶磁器を飾る小部屋がエロティックな象徴性を帯びることは興味深い。John Ford, ‘Tis Pity She’s a Whore (1633), George Etherege, The Man of Mode (1676), Mary Pix, The Innocent Mistress (1697), Susanna Centlivre, The Busybody (1709) など、贅沢好きな女性または性欲の激しい女性が登場する劇作品は、陶磁器だけではなく様々な「物」に満ち溢れている。詩と異なり、ストーリー展開の中で陶磁器が現れた場合、その意味がどのように違うのか、今年度以降に研究課題に入れていきたいと思う。また、カントリー・ハウスにおける陶磁器コレクションについても十分な調査を行うことができなかった。Woburn AbbeyやHam Houseなど、陶磁器コレクションで有名なカントリー・ハウスにおいて、本当に女性が陶磁器の収集を行ったのか、陶磁器の収集は「贅沢」な行為であったのか、そうだとすれば、日記などの資料にどのように記録されているのか、今後の研究課題にしたい。
|
今後の研究の推進方策 |
平成26年度は「18世紀英国における陶磁器と女性の関係」にさらに「メランコリー」を付け加えて、「18世紀英国における陶磁器とメランコリーと女性の関係」に広げていく予定である。メランコリーについては16世紀から18世紀にかけて多くの書物が書かれた。17世紀前半までは特権的資質とされたメランコリーであるが、18世紀に入ると、女性においてはヒステリーという現象として現れる。メランコリーの定義付け、症状についての分析などはどのように変遷してゆくのか、その歴史的過程を詳細に検討する。17世紀後半は料理本が数多く出版され始めた時期でもある。その中には、メランコリーの治療のための食事や薬の処方が記されているものもある。治療法の研究を通してメランコリーがどのようなものとして捉えられていたのかを考察する。さらに、メランコリーを題材にした文学作品を検討する。John Marston, The Malcontent (ca. 1603), John Ford, The Lover’s Melancholy (1629), John Milton, Il Penseroso (1645), Anne Finch, “The Spleen” (1709), Oliver Goldsmith, The Citizen of the World (1760)などである。これらの作品に描かれるメランコリーは、男性の瞑想的資質としてのメランコリー、欲望を成就できないときに生ずるメランコリー、女性特有のヒステリーを伴うメランコリーの3種類に分けることができる。どのようなメランコリーがどのような場面で描かれるのか考察する。
|