研究課題/領域番号 |
25370311
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
松本 靖彦 東京理科大学, 理工学部, 教授 (10343568)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | ディケンズ / 所有権 / 著作権 |
研究概要 |
本研究の基調となる論考を、共著『ヴィクトリア朝の都市化と放浪者たち』(音羽書房鶴見書店)所収の第2章「「自由の国」での不自由な旅人―ディケンズの訪米体験再考」という形で発表した。本論考の最も重要な論点は、初渡米でディケンズを失望させたものは究極的には「自己に対する所有権」を脅かされる(奪われる)という体験だったという指摘である。 1842年、初の渡米を果たしたディケンズは3ヶ月足らずで「これは私が見にきたはずの共和国ではない」という失望を友人宛書簡で吐露しているが、これは「自由の国」であるはずのアメリカで、彼が甚だしい不自由を目撃しただけでなく、身をもって体験したことに依るところが大きい。その不自由とは、彼が目にした奴隷制、監獄制度、障碍者、加えて国際著作権支持を求めて発言した彼への激しい批判、また度を越した名士扱い等と様々な形をとっていたが、本論考ではそれら不自由を所有権の問題と絡めて考察した。 『アメリカ紀行』(1842)の記述において突出した「不自由」は最終章で扱われる「奴隷制」だが、この章では彼本来の想像力や描写力が発揮されていない。一方、触覚以外の五感を損なわれた障碍者ローラ・ブリッジマンを扱った章と、徹底した孤独を通して囚人の更生を図る収監制度「分離方式」を採用した懲治監の記述には、ディケンズらしい想像力と思考の道筋が窺えるので、本論考では、まずこの二つの不自由の形態が彼の想像力の中でつながっていること、またそれら不自由が(自己に対する)所有権を損なわれることに直結していることを論じた。また、『アメリカ紀行』では詳らかにされていないが、滞米中のディケンズに深刻な不自由を味あわせた国際著作権の問題と名士扱いとが、いずれも所有権に絡んだ問題であることを指摘し、それは彼が公に糾弾していた奴隷制の問題とも関連があることを示唆した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1、当初の研究計画通り、本研究計画の基調となる論文(上記9参照)を作成、発表することができた。 2、大英図書館にて本研究計画遂行上、非常に有益な資料を(複写の形で)複数入手することができた。それらの資料は、大英図書館閲覧室(reading rooms)内のPCにおいてのみ利用可能なカタログにアクセスした結果、検索可能となったものであり、本研究が交付を受けている科学研究費補助金を用いた国外資料(史料)調査活動の成果であるといえる。 3、本研究が交付を受けている科研費補助金を利用して、本研究により確かな例証の根拠とより大きな視座を与えてくれると思われる資料を入手することができた。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度、調査を進めていく過程で、初の訪米時(またそれ以降も)ディケンズを悩ませたアメリカの著作権事情、ならびにいわゆる「海賊版」の出版物(出版者)についても本研究の視座に包括する必要が浮上した。これは、国際著作権がない状況下で彼が覚えた(自分の労働の成果に対する正当な所有権が理不尽に奪われているという)怒りや失望が、どこまで彼の個人的な事情による主観的な反応なのか、そして、どこまで当時の社会的文脈でみても正当な反応といえるのかを判別するうえで重要な背景である。 今後は、アメリカ側から見た著作権問題に関する研究成果にも目配りが必要だと思われる。そのため、当初平成26年度前期に計画されていた各種旅行記とディケンズの『アメリカ紀行』との比較研究よりも、たとえば(アメリカにおける国際著作権の歴史上重要な役割を果たしたと思われる)マーク・トウェインの著作権運動との関わり方をディケンズの場合と比較する研究により大きな重点をおきたい。
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