研究期間最終年度となる本年は、自然の汚染と制御の主題を考究する核心的なモチーフとして核の表象を選び、国内外の学会での研究発表を実施した。 日本英文学会全国大会では、Don DeLilloと大江健三郎の核表象を、冷戦期と冷戦後におけるその変容に着目しながら論じた。その分析結果としては、冷戦期における核の表象が、閉じた自意識を反映したり、情報化社会におけるリアリティが喪失したシュミラクルのあふれた世界と結びつくものであったのに対し、冷戦後の核表象がよりリアルなモノ、と結びついた形に変化していることが、この両作家のテキストに即して実証できたと思う。具体的には、DeLilloの場合には、冷戦期には核の問題が実存的な不安感やそれに結びついた死の恐怖に関連づけられていたのに対し、冷戦後は、核廃棄物の問題等、リアルな物質性と向き合う態度が現れている。また大江の場合、彼の実の息子との関係性を反映する、そのテキスト中の障がい児の形象、およびそれとの関係性が、冷戦期と冷戦後で変化しており、研究代表者はこのことを核表象との関連で考察しようと試みた。 またアイダホ大学で開かれたASLE USのカンファレンスにおいて、研究代表者は他の日本の大学に所属する研究者ら三名とともにパネルを組み、核表象をテーマとする発表を実施した。そこで研究代表者は、先行発表で取り上げた大江に関する論を展開させ、研究発表を実施した。 上記の研究発表はすでに論文にまとめ、関連学会に投稿、査読中である。また本研究を発展させた新しい研究課題が新規の科研費補助事業として採択され、すでに始動しているところである。
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