カリフォルニア州オークランド出身のトシオ・モリ(1910-80)は、日系アメリカ文学のパイオニア作家として認知されているにもかかわらず、処女作の短編集『カリフォルニア州ヨコハマ町』(1949)、長編小説『広島から来た女』(1978)、二作目の短編集『ショーヴィニストその他の短篇』(1979)から作り出された一方的な作家像の影響もあって、正当な評価を受けてこなかった。つまり、人間の穏便な面を描く穏やかな作風の作家という偏ったイメージに影響されてきた。その不当な扱いを打破し修正するために、彼が1941年12月の太平洋戦争勃発によって送り込まれたユタ州トパーズ強制収容所での体験を基に創造した中編小説「ムラタ兄弟」(2000年出版の『終わらざるメッセージ――トシオ・モリ作品選集』に収録)や、その体験直前の苦境を扱った数編の短編を緻密に読み解き、そこにモリの作家としての深い洞察力と想像力をみることで、彼の文学の全体像の構築を試みた。その際、ユタ大学やカリフォルニア大学バークレー校等に収蔵されている、収容所内で刊行の文芸雑誌や新聞等の歴史的な資料や、書簡等の伝記資料を参照することができた。 次に、1970年代のアメリカ社会に台頭した新しいエスニシティ意識と連動した文化多元主義という先鋭なイデオロギーの浮上を視野に入れて、モリ文学が静かに主張する姿勢を、ジャパニーズ・アメリカニズム(Japanese Americanism)という概念で表現することを目指した。つまり、アメリカニズムを民主主義や自由等の国家的な価値観を標榜するナショナリズムの現れ方として認知した上で、多様性を認め合うポストモダニズムの時代にふさわしいエスニシティ重視の対抗的な文学的ヴィジョンとして、民族的ルーツを日本人とする文化的遺産や記憶を大切に継承する姿勢を打ち出すジャパニーズ・アメリカニズムを確立する道筋を提唱した。
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