研究実績の概要 |
本研究では以下の具体的な研究成果が得られた。
(1)H.G.Wellsの伝記的小説_Kipps_(1905),_Tono Bungay_(1908), _The History of Mr Polly_(1910)には程度に差はあれ消費行動という手段で、ミドル・ミドルクラスへの参入がかなったものの、その上に位置するアッパー・ミドルクラスや貴族階級への参入を妨げられ苦しむロウワー・ミドルクラスが描かれている。ロウワー・ミドルクラスの人々は、19世紀後半の大量生産時代を経て、ミドル・ミドルクラスの指標である家具・調度品、住宅などを入手し、表面的にはその階級への参入が可能になった。その後、さらなる社会的上昇を目指すが、アッパー・ミドルクラスや貴族階級の指標が、消費・可視化できないもの(血筋や爵位、育ちや教育など)であり、登場人物たちはその障害を前に挫折する。(2)ロウワー・ミドルクラスは成り上がりのアメリカ人と対比的に描かれている。(3)Gissingの小説と同様、Wellsの小説でも広告が登場する。主人公の運命を変えるきっかけが新聞広告であったり、実体のない金融業や偽薬であぶく銭を儲ける登場人物のイメージが広告を使って表象されるなど、鍵となっている。(4)登場人物たちが就業する産業が、同じく実体を販売するのではない第三次(金融・サービス)産業である。(5)世紀転換期には広告それ自体も文字からイメージへと変化していた。
以上より、ゾラの作品のような自然主義リアリズムに基づいたWellsの伝記的小説は、世紀転換期のイギリスを舞台に、実体のない経済活動への移行とそれに振り回されるロウワー・ミドルクラスを描いており、当時から現代へと脈々と続くイギリス社会の根幹(階級とは何か、金銭が全てではないという価値観)を理解するうえで研究意義のある作品である。研究成果となる論文は現在準備中である。
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