昨年度に続き、バルザックの文学作品『人間喜劇』におけるオペラ作品と小説のさまざまな次元の言説や象徴、解釈に関わる要素の関係について調査した。『サラジーヌ』等のバルザックの小説で言及されているオペラ作品の内容を分析した結果、当時このオペラを知っていた読者にとって、バルザックの小説の解釈が当オペラ作品を知らない読者とは異なった展開の可能性を秘めていることが明らかになった。 音楽作品との間テクスト性が人物像の形成に寄与しているという研究開始当初の推測を超え、音楽作品への言及は、人物像のみならず、小説内の声の関係性や、その当時の社会に流布していた言説の位置づけ、小説に含まれる解釈のプロセス、象徴の働きなどに関与していることが明らかになってきた。小説作品のテーマや登場人物像、修辞的技法、声の関係性を解釈する上で、引用されている音楽作品の分析が一つの鍵となる可能性がある。また引用されている複数の音楽に関わる固有名詞や作品名が、小説の読解上、不協和をもたらす例も見受けられた。これらの成果の詳細は、論文で公開する予定である。 楽器演奏については、楽器の進化と流布、楽譜印刷技術の改良など社会的な側面が小説に反映されているとともに、演奏されている曲の内容、構造などが小説の読解にやはり関連づけられることを確認した。次年度にこの問題をさらに詳細に追求していきたい。 上のような分析から、バルザックの文学作品の、当時しばしば演奏されていた音楽作品と密接に結びついて意味を形成し、音やイメージを立ち上げうるテクストとしての側面が見て取れる。
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