研究課題/領域番号 |
25370347
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
小川 正廣 名古屋大学, 文学研究科, 教授 (40127064)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ギリシア / ローマ / 他者 / 罪責 / 赦し |
研究実績の概要 |
ギリシア哲学者アリストテレス、プラトンからストア学派とエピクロス学派等を経て、キケロ 、セネカおよびキリスト教父などローマの哲学・思想家・宗教家に至るまでの著作の中で展開された罪責と赦しに関する言説と問題点を以下のように検討した。 (1)ギリシア哲学で罪責と赦しに関する最も重要な書物はアリストテレスの倫理学書であり、とりわけ「赦し」と関連したsyngnomeとその同族語の意味と用法に関しては綿密な読解と分析を行なった。またアリストテレスの怒りについての考察も始めた。他方プラトンからストア学派に至る思潮の中では、罪や過ちに対する「赦し」が哲学者の生き方とは矛盾するという見方もあり、はたしてそうした見方がギリシア人の一般的見解を反映しているのかどうかについて検討した。 (2)ヘレニズム期ストア学派の倫理思想、エピクロス学派の友愛思想、ローマ共和政時代のキケロのフーマニタースの思想、帝政期のセネカの『恩恵について』での人類愛と互恵の思想および『寛恕について』での国民に対する仁慈にもとづく理想的君主論、キリスト教父アウグスティヌスの『神国論』『告白』での宗教論などにおいて展開された罪責と赦しの問題について考察した。 また以上の文献学的研究とともに、罪責と赦しに関する東西文明間および古代と近現代の文明間の比較研究も推進するため、①マレーシアにおける16世紀のポルトガルの占領から20世紀の民族独立までの戦争の歴史に関する調査、および②チェコ、ポーランド、ハンガリー等の中欧諸国での第二次世界大戦中におけるユダヤ人虐待に関する罪責と戦後の歴史認識の調査を行なった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
いささか駆け足的ではあったが、ギリシアからローマにいたる哲学・思想・宗教における罪責と赦しに関する言説を検討した結果、こうした倫理的な他者意識が深化する過程は文明と民族の歴史的展開と密接な関係にあることが次第に明らかになってきた。すなわち、ギリシア古典期のポリスを中心とした文明の段階では、罪責と赦しは多くの場合個人や一族の問題としてとらえられていたが、ヘレニズム期を経て国家が広域化したローマの時代になると、それらは個人の問題であるのみならず、国家や民族といった社会的集合体が互いに共存しうるか否かに関わる集団間の切実な問題としていっそうの重要性を帯びていったのである。そして近現代の人類の歴史は古代におけるそうした集団的な認識と意識を継承するか、あるいは新たに反復的に経験して持続してきたことを、比較文明論的な視点から実施したマレーシアや中欧における近代以降の民族・人種間の相克の歴史に関する調査によって確認することができた。昨年度の内容も含めた中間的な研究成果としては、古代ギリシア人の社会認識と他者意識の原点をなすホメロスの『イリアス』と歴史との関連に関する考察を取りまとめて公表したが、その際にも今年度の現地調査によって得られた近現代の歴史に関する知見と認識が大いに役立った。
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今後の研究の推進方策 |
戦争をめぐる罪責と赦しの問題は、西洋古代にかぎらず西洋の中世・近現代、さらには東洋や日本の古代から現代までの民族抗争の歴史的体験や精神史・文学創造などと通じる事柄でもあり、そうした普遍的観点からの問題意識を深めずして、ギリシア・ローマ文学の底辺に沈積した人類史的な人間認識を掘り起こすことは困難である。それゆえこの研究をより効果的に推進するためには、古典文献学の従来的な方法の限界を克服する有力な手段として、比較文明論的なアプローチと成果を大きく取り入れる必要性を昨年度に引き続いて痛感している。人類の歴史は、ある意味では類似の罪過の反復のように見える。したがって今後もまた、できる限り多くの民族の歴史的事例に接し、それらに対する理解と洞察を深めて、グローバル化した世界に生きる現代人にふさわしい新たな古典解釈の可能性を追求していきたい。
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