研究課題/領域番号 |
25370351
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
永盛 克也 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10324716)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 悲劇 / コルネイユ / ラシーヌ / 歴史 |
研究概要 |
コルネイユやラシーヌに代表される17世紀フランスの歴史悲劇を対象として、その創作の原理と実際、さらに受容のあり方を探るため、以下のような研究を行った。 人文主義的歴史観(16世紀から受け継がれた、歴史に政治的・道徳的教訓を求める態度)と17世紀における歴史悲劇ジャンルの確立を関連づけて考察するために、当時の悲劇の観客や読者が有していたであろう歴史的教養の実際を探ることが必要であると考えた。この目的のために、17世紀の聴衆や読者に作品理解の前提となる歴史的知識を提供していたと考えられる書物(古代の歴史書の翻訳、概説書、提要の類)について文献調査を行った。ニコラ・コエフトーの『ローマ史』(1621年)、ペロ・ダブランルールの翻訳によるタキトゥスの『年代記』(1650-1651年)などである。 その一方で、17世紀フランスにおいて歴史悲劇の創作と受容の知的土壌を準備したと思われる文人や作家の影響についても文献に基づき検証を試みた。バルザックが1630年代に展開した一連の「ローマ人論」(1644年出版の『作品集』所収)や歴史論(「歴史の有用性について」、1657年出版の『対談集』所収)などである。この他、書簡なども手がかりにして、『ル・シッド』論争(1637年)の後沈黙していたコルネイユが悲劇の主題としてローマ史を選択するにあたり、バルザックが影響を与えた可能性について検証を行うことができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
コルネイユやラシーヌが自作を弁護する際に頻繁に用いる「歴史への忠実さ」という表現の内実は、劇中の事件や登場人物の言動が教養人を対象とした歴史書にある記述と合致していることであった点を検証することができた。悲劇においては、観客や読者が既に持っている知識や通念と矛盾するものが作品の中にあってはならないのであり、歴史的事実は作品に信憑性(「真実らしさ」)を与える限りにおいてフィクション中で機能を果たす、という論点である(アリストテレス『詩学』第9章に基づく)。その一方で、コルネイユやラシーヌは創作における裁量権─歴史的事件の全体の枠組は尊重しつつ、細部には変更を加える自由─を確保しようとする。ここに受容理論と創作における実践との微妙な均衡が成立する、という結論を導きだすことができた点でおおむね満足のいく進展であったといえる。
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今後の研究の推進方策 |
17世紀のフランスにおいて、事実(歴史)と虚構(フィクション)の配合の問題については、小説の分野でも議論の対象になっていた点に注目して、キノーに代表される「ロマネスク」な(「真実らしさ」のない)悲劇とコルネイユやラシーヌの歴史悲劇の差異は、(1650年代までに流行した)「英雄小説」le roman heroiqueと(1670年代以降に登場する)「歴史小説」la nouvelle historique の性質の違いと比較しうるのではないか、そして口実として用いられる「歴史」と真実らしい(信憑性のある)「歴史」との違いとは、結局のところ文学的・歴史的典拠への忠実さの度合い、つまり作家および観客や読者の人文主義的教養の程度によるといえるのではないか、という論点を検証していきたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
使用額に端数が生じたため。 次年度分と合わせて使用する。
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