最終年度に実施した研究成果の概要:第4年度にあたる平成28年度においては、鴎外の訳業の3つの時期(青年期、中期、晩年期)を通時的的に再考察した。すなわち、森鴎外の翻訳に対するスタンスの変化を調査すべく、鴎外の翻訳観と教育制度・教育体制の変遷の相互関連を考察した。 ドイツ語を学ぶ人の数が非常に少なかった鴎外青年期においては、鴎外の翻訳も自由奔放で、原本にない文言を訳文に追加することもしばしば見られたが、旧制高等学校が各地に設立され、また大学において独文学講座が設置された鴎外晩年の時期では、鴎外の翻訳を読む読者のドイツ語原文に対する関心が高まり、それに対応して鴎外の翻訳も(特に晩年の『ファウスト』訳に見られるように)、非常に厳密かつ学術的なものへと変化したことが推測しうる。この推測が平成28年度に得た研究成果である。 研究期間全体を通じて実施した研究の成果:以下の4点が、本研究の成果として提示しうる。第1に、鴎外の翻訳が、青年期から晩年にかけて、比較的自由な翻訳を行う傾向から、学問的に厳密な翻訳を行うように、次第に変遷して行ったという実態が明らかになった。第2に、鴎外の「翻訳」観の変遷が、鴎外個人の問題としてではなく、明治期「ドイツ学」の質的変化の諸相の中で考察しうることが明らかになった。その際、明治期における教育制度の変遷、とりわけ外国語学習の浸透の側面から鴎外の翻訳が検討されるべきことが明らかになった。第3の成果として、鴎外の翻訳の底本となった鴎外手沢本を徹底的に収集し、鴎外のドイツ語読解と訳文構成の相関を探りえた。そして第4に、鴎外の翻訳技法が、原文の配語法を、ある場合はかなり忠実に踏襲し、またある場合は逆に大胆に日本語化する等、現代に通用する技術を含むものであることが明らかになった。
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