研究課題/領域番号 |
25370357
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
吉田 孝夫 奈良女子大学, 研究院(人文科学系), 准教授 (40340426)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 奇譚集 / アルラウネ / グリンメルスハウゼン / グリム / 貨幣 / 民間医療 / プレトーリウス / ハルスデルファー |
研究実績の概要 |
1.論文「貨幣の悪魔学――グリムとグリンメルスハウゼンの「アルラウネ」伝承――」(奈良女子大学文学部欧米言語文化学会『欧米言語文化研究』3, 2015/12)を発表した。19世紀におけるグリムの伝説集には、この後、世の言説に広く伝播してゆく魔法の植物「アルラウネ」の伝承が見えるが、これは17世紀の数点の奇譚集を原資料とするものである。それらの古文献を個別に検証しながら、とりわけ重要なグリンメルスハウゼンの著作を詳細に分析し、初期資本主義・貨幣経済の浸透の洗礼を受けた近世ドイツの人びとの心性を追跡した。 2.上記論文のさらなる展開として、中・近世ドイツの市民社会における被差別民であった刑吏の職種と「アルラウネ」伝承の関係を分析し、論文として執筆した。刑吏という職業への賤視の中には、異世界の魔法への憧憬が同居しており、刑吏は民間医術者としての隠れた声望を得ていた。この魔術的世界の世俗化のプロセスに、新たな時代の魔法としての資本・貨幣が登場してくることを述べる。近世ドイツを代表する作家グリンメルスハウゼンと奇譚集との関係を上記論文に続けて考察するこの論文は、次年度に発表される予定である。 3.グリンメルスハウゼンの著作に現れた近世ドイツ民衆の心性を、代表作『ジンプリチシムスの冒険』に即して、政治・社会的側面から叙述した。これも次年度に、さらなる推敲を経たうえで、共著の形で公表される予定である。 4.ドイツ・フランクフルト市のゲーテ博物館で販売される日本語案内冊子、ぺトラ・マイサク著 『ゲーテを体験』の作成に関わった。ゲーテの生地フランクフルトは、当科研費研究が対象とする近世ドイツの面影を残す町であり、ゲーテもその歴史的伝統に深く根ざしている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成27年度の研究計画は、ほぼすべて達成された。プレトーリウス、フランツィスツィ、ハルスデルファーらの近世ドイツ奇譚集資料の収集を進め、それに基づいて、魔草「アルラウネ」(マンドラゴラ)伝承にまつわる民衆的心性の分析を行い、論文1本を公表、さらに2本の論文を草稿段階まで作成することができた。あえて言うならば、「悪魔文学」関連の文献収集と考察がいくらか中断したきらいがあり、次年度には、この点においても、さらに多くのエネルギーを注ぐことが必要であるかもしれない。とはいえ今年度においても、異教的な魔法の植物に対する、キリスト教教会側からの反応という観点において、近世の「悪魔」言説をめぐる可能なかぎりの分析と言及は行えたと考える。すなわち「悪魔」という語が近世において備えた広がりを、今は丁寧に探ってゆく途上にあるということである。
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今後の研究の推進方策 |
当研究の最終年度を迎えるにあたり、近世ドイツの奇譚集という研究対象において、グリンメルスハウゼンという非知識人層出身の著作家が担う重要性を、ますます痛感している。プレトーリウス、ハルスデルファー、ブロイナーら、またプロテスタント教会の「悪魔文学」への目配りを維持しながら、近世ドイツ文学の精華であるグリンメルスハウゼンの小説『ジンプリチシムスの冒険』(1668年)を主たる対象として、そこに織り込まれた時代特有の言説(奇譚集を主たる要素として含む)と心性を明らかにすることに努めたい。教養小説やピカロ小説といったジャンルに分類する従来の解釈に対して、近世・ルネサンスの奇瑞・不可思議に対する新しい感覚の表現として、この小説に新たな光を当てることを試みる。そのためには、この小説の膨大な先行研究を適切に処理することから、まずは開始しなくてはならない。
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