アントウェルペンのプランタン=モレトゥス博物館は、2005年に世界文化遺産に登録されたが、わたしは以前から、16世紀研究者として、この印刷・出版工房に着目してきた。それはフランス人の移住者が、異国で立ち上げたこの出版センターがヨーロッパ随一の規模を誇る存在となり、その人的なネットワークや多言語主義を梃子として、「ユマニスム」にもとづく「文芸の共和国」を作り上げたという思いがあるからだ。この視点から、プランタン本人の書簡集・「家事日記」を初めとして、リプシウスの作品・書簡にも挑戦してきた。たとえばプランタンの「家事日記」などは、活字化されておらず、解読に難儀をしたが、およその輪郭は把握できたと思う。そして、この間、「文芸の共和国」の一員としてのモンテーニュ『エセー』の1595年版による、本邦初訳という大きな仕事にもチャレンジし、2016年4月に最終巻を刊行することができた(ちなみに、1595年版『エセー』はプランタンにも謹呈されており、その刊本には、編者グルネー嬢により手書きでの訂正が入っていて、これも実地に調査した)。プランタン=モレトゥス工房に関する著作のための準備は、ようやくにして完了したといえる。本研究は、合計3期にわたって行い、この間、深く関係する、翻訳(ラブレー〔筑摩書房〕、ついでモンテーニュ〔白水社〕)や著書(『神をも騙す』、2016年5月刊の『書物史への扉』、ともに岩波書店)を刊行することができた。第2期には、ラブレーの翻訳で2つの賞を受けるという光栄にあずかることもできた。現在は、こうした関連研究の総仕上げとして、『フランス・ルネサンス文学集3』(白水社)の編集を行っているところである。長いスパンの研究・翻訳であったが、わたしとしては、それなりの実績を残すことができたものと考えている。
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