本研究は、18世紀ドイツの言語思想史において従来看過されてきた「沈黙」の意味に着目し、特にハーマン、ヘルダー、W. v.フンボルトの言語観の系譜においてその意味を見直す試みである。この再検討を手掛かりとし、現代に至るまでの言語思想の歴史記述に「沈黙」というテーマを新たに組み入れることを目的としている。 本年度の実施計画は、前年度までに明らかになった「沈黙」の意義を踏まえ、特に18世紀から19世紀のドイツ文学をモデルとしたケース・スタディーに加え、日本文化における「沈黙」を比較対照することであった。まず前年度から継続して、ヘルダーのオラトリオ《幼子イエス》における沈黙記号の分析を行い、18世紀イギリス文学からの影響や、当時のドイツ語圏におけるこの記号に関する記述や評価を確認できた。さらに、日本文化における沈黙の諸相を調査しつつ、ヘルダーなどに見られる沈黙記号に対応する約物があるかも検討した。これにより、たとえばドイツ語から日本語への翻訳を行う際、原語の内容だけでなく音声面の特性をも顧慮することが可能になると考える。音声と書字の関連は18世紀ドイツでも正書法に関する議論を通して重要なテーマとなったものだが、IT化された現代社会においてはドイツでも日本でもパソコンやスマートフォンの普及により、従来の活字文化とは違う意識が生まれ、また展開していると思われる。音声をいかに文字化するかだけでなく、そこに沈黙がどのような形で現れているか、あるいは現れる余地が失われていくのか、当然メディア論を含み、さらに学問領域を超えて研究することが今後の課題のひとつとなるだろう。また、その背景となる思想に関する研究も本研究課題の直接的な展開として欠かせない。本研究を実施している期間に行ったヘルダーの『言語起源論』新訳で絞り込まれた具体的なテーマにつき単著を計画している。
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