研究課題/領域番号 |
25370370
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研究機関 | 聖心女子大学 |
研究代表者 |
畑 浩一郎 聖心女子大学, 文学部, 講師 (20514574)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 仏文学 / 19世紀 / オリエンタリズム / 旅行記 / 自伝 / 他者 / 異郷 / 植民地 |
研究実績の概要 |
本研究2年目にあたる平成26年度は、旅行記と小説という二つの散文による言説を中心に考察を進めた。まず旅行記の方は、昨年度から引き続き、シャトーブリアンの『パリからエルサレムへの旅』(1811)を取り上げ、スタンダールがのちに投げかけたこの作品に対する批判を手掛かりに、旅行記と自伝の間に引かれる境界線についてさらなる検討を行った。またそれと並行して、十八世紀におけるオリエント旅行記ーたとえばヴォルネー、サヴァリー、ラ・ポルト神父などの著作ーにおける「作者」の表象のされ方、その担う役割を分析した。 その結果、二つの知見を得ることができた。まずルソーに端を発し、19世紀フランス文学で大きく発展する「自分語りの言説」の系譜に、シャトーブリアンの旅行記が極めて特殊でかつ重要な役割を果たしているということ、またシャトーブリアンが実際に旅し、その報告を行っているオリエントという場は、単なる地理的トポスを越えて、彼の作品創造を支える触媒のような存在となっていることが確認できた。端的に言えば、オリエントは作家にとって、文章を紡ぎ上げるためのエクスキューズ、アリバイとなっているのである。 小説については、ポトツキの『サラゴサ草稿』(1810)に焦点を絞り、次の二点を考察した。まずカトリック、ユダヤ教、イスラームの描かれ方と、それらの互いの関わり方についての検討。ポトツキ自身、大旅行者として地中海全域を旅した経験があり、当時としては極めて柔軟な思考をこれら三つの宗教について持っていた。ついでこの作品における語りの形式の検討。この小説の特徴は、語りが絶えず中断し、また脱線を重ねていくということにある。こうした形式が取られた要因はいくつか考えられるが、ポトツキの残した書簡を読み込んでいく中で、彼がコンスタンチノープル滞在中に接したトルコの講談師の影響があるのではないかという仮説が浮上してきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
旅行記を集中的に取り上げた昨年度の研究成果をさらに深化させた。シャトーブリアンの『パリからエルサレムへの旅』の言説がそれまでの旅行記のものとは異質であり、ここに旅行記文学のターニングポイントがあることはこれまでもわかっていた。その原因をさまざまな側面から考察し、とりわけ「語りのアリバイとしてのオリエント」という問題設定が構築できたことにより、これから始まるロマン主義時代のオリエント旅行記を検討するための下準備が十分整った。 またポトツキの『サラゴサ草稿』を中心に、小説作品におけるオリエントの表象のありかたについても考察を進めた。フランス語で執筆するポーランドの大貴族という特殊な出自を持つこの作家は独自の世界観を持っている。彼が地中海世界に投げかける複眼的な視線は、本研究を進めるにあたって貴重な道しるべとなってくれるが、とりわけイマゴロジー(それぞれの国や地方が文学作品においてどのように表象されるかを考察する研究手法)の側面での応用を考えている。 詩作品に関する考察はまだ端緒についたばかりであるが、予定では最終年度に行うことになっている。それゆえおおむね計画通りに研究は進捗していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度にあたる平成27年度は、これまでの研究で得られた成果を統括していくと同時に、さらに深く考察を推し進めていく。旅行記に関しては、シャトーブリアンの『パリからエルサレムへの旅』から生み出されたまったく新たな言説が、後の作家たちにどのように継承され、また発展させられていくかを検討する。具体的にはネルヴァルやゴーチエといったロマン派の作家の作品が対象となる。 またこの時代のオリエント旅行記の特徴は、さまざまに性格の異なる言説が共存するということにある。この点でラマルチーヌの『東方紀行』(1835)を検討することは意味がある。この作品では、詩人はきわめて叙情的な描写から、高度に政治的な考察へと一飛びで移るしなやかな筆使いを見せている。まさにそうした一貫性の欠如にこそ、この時代の文学者のオリエントに対する多面的な視線が伺えるわけである。『東方紀行』に加えて、1840年の東方危機における代議士としての議会演説、さらに1848年の2月革命後に味わった失望の中で行われた二度目のオリエント旅行の成果である『新・東方紀行』(1850)を見通す形で、この問題を考察していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
購入予定であった図書の刊行が延期となったため。
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次年度使用額の使用計画 |
当初の予定通り、本研究に必要な図書の購入を行う。
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