最終年度にあたる平成28年度は、過去3年間に行なって来た研究を統括すると同時に、文学的オリエンタリズムという手法が実際の作品解析にどのように適用できるのかという問題を考察した。 具体的にはシャトーブリアンの聖地巡礼の記録である『パリからエルサレムへの旅程』(1811)を取り上げ、そこに見られる作家の宗教観、文明観をつぶさに検討した。『キリスト教精髄』(1802)において、熱烈なキリスト教護教論を展開した作家にとって、オリエント世界は単純な二元論に還元される。すなわち、絶対的正義であるキリスト教文明と、残虐な専制制度の支配するイスラーム文明である。作家の思索は常にこのふたつの価値観を行き来する。 興味深いのはギリシアに対する彼の微妙な態度である。西洋文明揺籃の地でありながらも、長らく異教徒トルコ人の支配下に置かれ、また同じキリスト教徒であるものの、カトリックとは異なるギリシア人に対して、作家は批判的な態度を取る。それはルネサンス期以来、西洋に見られる「ギリシア嫌い」(mishellenisme)の系譜につらなる身振りである。 ところが1820年代に入り、ギリシア独立戦争が勃発すると、作家は熱狂的なギリシア支持に回る。『パリからエルサレムへの旅程』に新たな序文をつけ、異教徒トルコ人に迫害される同胞ギリシア人への支援を強く訴えるのである。このような作家の態度の変化は、これまでの研究ではほとんど着目されてこなかった。しかしそれは作品の読まれ方そのものを大きく揺るがすものであり、他方で、文学が社会に対して直接的に関与していく一例となる。文学的オリエンタリズムという観点からの考察により、シャトーブリアンの旅行記に新たな光を照射することができた。
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