研究課題/領域番号 |
25370375
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
須藤 温子 日本大学, 芸術学部, 准教授 (70531888)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | エリアス・カネッティ / 遺稿研究 / チューリヒ図書館(スイス) / 『耳証人』 / 『雷光の中のパーティ』 / キャラクター / 17世紀イギリス |
研究概要 |
本研究は、ドイツ語圏作家エリアス・カネッティ(1905-1994)の文学作品と思想の変遷を辿りつつ、本邦で初めて包括的なカネッティ研究に取り組むことを目的とする。そこで、これまでの研究成果を基盤とし、カネッティの作品と思想を文学形式、権力論、人物描写から捉えなおし、また、ユダヤ人である彼のアイデンティティとの関わりを明らかにする。 初年度にあたる平成25年度は、遺稿と蔵書が保管されているチューリヒ中央図書館(スイス)での現地調査とカネッティにおける人物描写の研究を、『耳証人 50のカラクテーレ』(1974)と遺稿『雷光の中のパーティ』(2003)を中心に行った。1920年、30年代に過ごしたウィーンでカール・クラウスの影響下に培われたカネッティの風刺的批判精神は、『眩暈』(1935)からこれらの作品へと引き継がれている。しかし『耳証人』が当初『新テオプラストス』という題名であったことからも、カネッティが古代ギリシアに始まり17世紀イギリスで開花した伝統的な文学ジャンル「キャラクター」を意識していたことは明らかである。 そこで、17世紀イギリスの代表的なキャラクター作家ジョゼフ・ホール、ジョン・アールのキャラクター作品に注目すると、『耳証人』のいくつかのキャラクターに、その類似点や現代風のパロディが認められた。また、『雷光の中のパーティ』も形式・内容ともに17世紀イギリスの作家ジョン・オーブリーの『小伝』を手本とした、実在の人物描写集であることも明らかになった。さらにチューリヒ中央図書館で行った蔵書調査からは、カネッティが以上に挙げた作家によるキャラクター作品を所有し、読んでいたことも確認できた。彼は予想以上に17世紀イギリスのキャラクター作品に通暁しており、そこから『耳証人』『雷光の中のパーティ』をうみだしたといえる。両作品はキャラクターという文学ジャンルの伝統的系譜に属する作品として再評価することができる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度にあたる平成25年度の計画は、カネッティ作品の特徴のひとつである人物描写について集中的に研究を行うことであった。具体的には1)『耳証人』(1974)を再評価する、2)人物描写に注目して遺稿調査ならびに蔵書調査を行う、3)カネッティの諸作品を人物描写の変遷という視点からとらえなおし、再評価することであった。 1)から3)に関する研究成果から、本年度の計画は当初の予定どおりに達成されたといえる。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度に引き続き、遺稿調査と分析を行い、カネッティの文学形式と権力論の変遷が、彼にとってのユダヤ性とどのように結びつくのかを明らかにしたい。個別性を際立たせる人物描写とは対照的に、しかもそれと並行して、カネッティは死、生、権力、戦後の文学形式のあり方といった普遍的な問題を自身の思想の根幹にすえて問い続けた。彼にとってユダヤ性は、自身の思想が普遍性を志向するための原動力として働いているのではないか。 この問いに答えるために、「ユダヤ人であること」と「人間であること」の問いが最も集中する『断想 1942‐48』と当時の遺稿とを比較対照する作業を批判的に行いたい。というのも、普遍的に捉えることとは、対象を距離化すること、つまり対象との直接的な関与を回避することでもあるからだ。断想の分析の他にも、カネッティの普遍性への志向を、『群衆と権力』『マラケシュの声』『言葉の良心』など60年代、70年代に発表された作品からとらえていく。
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