研究課題/領域番号 |
25370375
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
須藤 温子 (香田温子) 日本大学, 芸術学部, 准教授 (70531888)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | エリアス・カネッティ / 遺稿研究 / キャラクター / ヴェーザ・カネッティ / ローベルト・ノイマン / 国際情報交換 ドイツ オーストリア スイス / 亡命 / ユダヤ人 |
研究実績の概要 |
本研究は、ドイツ語圏作家エリアス・カネッティ(1905-1994)の文学作品と思想の変遷をたどりつつ、包括的なカネッティ研究に本邦で初めて取り組むことを目的とする。研究代表者のこれまでのカネッティに関する研究成果を基盤とし、彼の作品と思想を文学形式、権力論、人物描写の3つの側面からとらえなおし、またユダヤ人である彼のアイデンティティとの関わりを明らかにする。 初年度(平成25年度)は人物描写の側面から研究を進め、遺稿と蔵書が保管されているチューリヒ中央図書館(スイス)での現地調査を行った。その結果、カネッティが古代ギリシアに始まり17世紀イギリスで開花したジャンル「キャラクター」を十分意識したうえで膨大な人物描写を残したことが明らかになった。 2年目(平成26年度)はカネッティの文学形式、とくに自伝形式とその内容に関する研究を行った。戦後オーストリア文学における過去の取り組みにおいて、カネッティは、特に1960年以降に評価を高めた作家であった。その理由を明らかにするために、ウィーンからロンドンに亡命した2人の作家、ローベルト・ノイマンとヴェーザ・カネッティと比較した。アウストロ・ファシズムと政治的に対峙したノイマンとヴェーザの自伝に対し、カネッティのそれは1938年併合以前の「古き佳きウィーン」、つまり戦後オーストリアが歓迎する過去のイメージを現在に伝える自伝であった。「オーストリア作家」として、カネッティは政府や文壇から「歓迎」され、販売促進のための宣伝や朗読会、賞の授与などが、戦後の文化政策の一環として行われたことを指摘した。 平成27年度は、産前産後の休暇又は育児休業の取得に伴い、研究を一時中断した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度及び次年度の研究計画はほぼ順調に進んだ。最終年度の計画は、遺稿調査と分析を反映させ、カネッティの作品および思想における権力論の変遷についてまとめることと、ユダヤ性について研究することである。「権力論の変遷」については、戦争の世紀と呼ばれた20世紀を生きたカネッティの、「死への抵抗」という、死に対する態度表明を前提にしてまとめたい。そして最後に、文学形式と権力論の変遷が、彼にとってのユダヤ性とどのように結びつくかを明らかにし、本研究のまとめとしたい。
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今後の研究の推進方策 |
1、2年目に引き続き、3年目(最終年度)も遺稿調査と分析を行い、カネッティの文学形式と権力論の変遷が、彼にとってのユダヤ性とどのように結びつくのかを明らかにする。 『断想1942-48』とこのタイトルの示す時期の遺稿とを比較対照する作業では、まず、1942年から48年に集中して記述の多い、二つのテーマに着目する。ともに極めて普遍的な問いであり、一つは、「ユダヤ人であること」と「人間であること」、もう一つは「ホロコースト」と「原爆」、つまり人類の大量殺りくについてである。この二つのテーマは、生殺与奪の権を論じる『群衆と権力』から『マラケシュの声』所収で人間の究極の姿を描いた「見えざる者」、『言葉の良心』所収で大量殺戮後の極限状況にある人間を描いた「蜂谷道彦≪ヒロシマ日記≫」へと至るカネッティの権力論の変遷に深くかかわっている。次に本研究実施中に刊行された、死についての断想集『死に抗する書』(Das Buch gegen den Tod, 2014)をとりあげる。1940年代から晩年の1990年代に至るまで半世紀以上にわたり死に対抗し続けた作家カネッティの思想の変遷を併せて論じ、彼のユダヤ性と普遍性への視座を本研究の結論としてまとめたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成27年度は産前産後の休暇と育児休業の取得に伴い本科学研究費助成事業を中断したため。
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次年度使用額の使用計画 |
研究中断前に予定していた物品費や、遺稿調査・資料収集のための国内外の旅費も併せて使用したい。資料調査・収集は主にチューリヒ中央図書館、オーストリア国立図書館の遺稿・資料部門、広島平和記念資料館にて行う予定である。
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