最終年度の本年度は、自伝と虚構を混ぜ合わせるオートフィクションの遊戯性に関する研究の成果を学会で問うた前年度に引き続き、同時代ドイツ文学の過去との取り組みにおけるその他の顕著な傾向、すなわち(1)時系列による編年体形式に変わるクロノトポスを用いた歴史との取り組みの可能性、(2)過去との関連を徹底的に放棄した現在のみへのフォーカスについてこれまで三年間積み重ねてきた研究の成果を国内外で開催された国際学会でドイツ語によって発表することに重点を置いた。 「クロノトポス」的な手法については、小説の時間=空間表象の解読に用いたバフチンの概念の詩への応用可能性を検討した。まず東ドイツ文学における炭坑(あるいは廃坑)というクロノトポスに関して研究を進め、本年度は特にV・ブラウンとW・ヒルビッヒの90年前後の詩に重点的に取り組み、東独を代表する二人の詩人の共通点と相違点を明確にした。そして廃坑というクロノトポスがモンタージュなど詩学的原理を体現することも明らかにした。その成果は10月パリのヒルビッヒ国際シンポジウムで発表した。質疑を踏まえて加筆訂正した原稿を2017年度末までに記念論集に投稿した(現在査読中)。さらにヘルタ・ミュラーのラーゲリ小説『息のブランコ』における労働収容所というクロノトポスを混淆という観点から分析した成果は、9月ロンドンで開催されたに国際学会「ミュラーとヨーロッパ史の潮流」で口頭発表し、加筆訂正した論文が現在イギリスの専門誌で査読に付されている。 「過去と断絶した現在への関心」については、カトリン・レッグラの諸作品を取り上げ7月にクザーヌス大学で開催された領域横断的なコロキウムでリスク社会との関連で、10月に学習院大学で開催された国際学会ではジャンク=スペースや非=場所といった現代特有の無機質な空間に注目して、それぞれ発表し、後者の記念論集に投稿した(査読中)。
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