これまでの研究成果報告に記したとおり、フランス芸術・文学の影響をうけてきた詩人・作家たちの研究を、7回にわたる『環』連載として遂行した。連載最終回の予定であった堀口大学論を描き下ろしのかたちで書き終えたあと、自分の論考を通して再読し、全体をとおして何が問題であるのかを考察して、「日本語の近代」という問題に一つの焦点があることを認識した。 上記のとおり、明治の上田敏にはじまって、上田敏の影響下にあった永井荷風たちのフランス象徴派の詩の翻訳、さらには大正時代の堀口大学にいたるフランス詩の翻訳は、品格と憂いのある文語から、エスプリの効いたモダンな口語体の日本語まで、近代の日本語の形成に大きな影響をあたえたことを改めて認識し、さらにはそれらの翻訳に絶大な影響をうけて育った北原白秋や西条八十らによる象徴詩をはじめ、かれらの創作した童謡や歌謡が広くその影響力をマスカルチャーにまで及ぼしたことを痛感した。「日本語の近代」を考えるとき、これは避けることのできない事実であるにもかかわらず、これまで日本近代文学史研究上で見落とされてきた研究の欠落を痛感した。 それ以上に見落とされてきたことは、上記のようなフランス文学の翻訳を勧めた原動力が雑誌『明星』であることだ。実際に読まれることがはなはだ少なく、『明星』といえば与謝野晶子の短歌の初出誌であるという"常識"は覆されねばならないことを痛感した。 上記の認識に到達するために、『明星』全148巻と『スバル』全60巻を精読するという自分の執った方法が、予想以上に実り豊かなものであったことを改めて認識した。 以上の成果をまとめた『「フランスかぶれ」の誕生---「明星の時代」』の刊行によって、近代日本文学史研究に「フランス文学とその翻訳」がどれほど大きな位置を占めているか、研究者の認識が改まることを期待したい。
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