『李卓吾先生批評三国志』と題する版本は、これまで「呉観明本」・「緑蔭堂本」・「藜光楼本」・「宝翰楼本」という名称で呼ばれ、また分類されてきた。果たしてこの分類は妥当なものなのであろうか。昨年度までに収集した資料に基づき、それらを詳細に比較し、同版・異版であること、また同版である本についてはその印刷の順序を確定させた。その結果、従来の四つの分類は、単に外見上(序文の有無、批評の付け方)のみならず、版本が同版か異版かという観点からみても妥当なものであることが確定できた。しかしながら、従来用いられてきた名称(簡称)は大きな問題があることが分かった。すなわち、たとえば「緑蔭堂本」と呼ばれてきた版本と同版のものに、九州大学附属図書館蔵の「九思堂本」(封面の記載による)がある。また早稲田大学図書館蔵の「緑蔭堂本」は従来「緑蔭堂本」と呼ばれてきた本とは異版であり、むしろ「藜光楼本」と呼ばれた本と同版である。また「藜光楼本」と呼ばれてきた本と同版であっても、イェール大学図書館蔵本は「三槐堂/三楽斎/三才堂」の書肆名が記されている。また「宝翰楼本」と呼ばれてきた本と同版であるイェール大学図書館蔵本・北京師範大学図書館蔵本などには、書肆宝翰楼がこの本を出版したという明確な証拠は残っていない。これらのことから、『李卓吾先生批評三国志』は、書肆を次々と変えながら陸続と出版を続けていたのであろうことがわかった。またそのため従来の簡称は必ずしもふさわしいものではないので、それぞれ「甲本・乙本・丙本・丁本と呼ぶことを提唱した。 また従来「宝翰楼本」と呼ばれていた『李卓吾先生批評三国志真本』は、その他の李卓吾本との比較検討から、呉観明本(甲本)に近い比較的古い李卓吾本を丁本としながら、独自に編集が加えられた、李卓吾本の中でも独立した一つの版本であることが明らかになった。
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