研究課題/領域番号 |
25370434
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 愛媛大学 |
研究代表者 |
秋山 正宏 愛媛大学, 教育学部, 准教授 (60294774)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 削除 / 焦点二重化(focus-doubling) / wh-the-hell疑問文 |
研究概要 |
(1) 英語のwh-the-hell疑問文についての調査および考察を行った。英語のwh-the-hell疑問文は, 通常のwh疑問文と異なり, 談話参与者(例えば, 話し手)の当惑や驚きを表す。研究代表者は, この点を形式的に捉えることにより, wh-the-hell表現の分布を説明することを試みた。より具体的には, (a) 節の内容がどの発話参与者の視点で述べられているのかを標示する機能範疇が節構造中に現れる, (b) the hellが値未指定の視点素性を語彙特性として有する, (c) (b)のいうthe hellの視点素性の値が(a)のいう機能範疇の有する値決定済みの視点素性との一致を通して決定される, といった仮説によりwh-the-hell表現の分布を説明した。なおwh-the-hell疑問文についての考察は, 部分的に wh-the-hell表現のスワイピング(swiping)およびスルーシング(sluicing)といった削除構文における振る舞いについての事実観察に基づくものであり, 本課題研究全体の目標と全く無関係ではない。 (2) 日本語に見られる焦点二重化現象(例『坊っちゃん』を, Johnは『坊っちゃん』を読んでたよ)に注目し, 事実調査および考察を行った。この現象では, 文/発話初頭位置に句表現(例『坊っちゃん』を)が現れ, 後続する文の中にも同一の句表現が現れる。研究代表者は, この内先頭の句表現は後続する文とは独立した別の文が削除された残余物であるものと考える。[現在までの達成度]の項で述べるように, 焦点二重化における削除には削除についての従来の研究において指摘がなされてこなかった興味深い特徴が観察される。従って, 焦点二重化についての考察がヒトの言語における削除操作の解明に大きく貢献する可能性は極めて高い。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1) 昨年度に行った研究の内, wh-the-hell疑問文についての研究は, 一見本課題研究全体の目的から外れるように思える。しかし「研究実績の概要」の項で述べた通り, この研究で行った考察は, wh-the-hell表現のスワイピング(swiping)およびスルーシング(sluicing)といった削除構文における振る舞いについての事実観察を含むものであり, 削除を中心とする言語の統語操作の解明という目標と全く無関係ではない。 (2) 日本語に見られる焦点二重化現象(例『坊っちゃん』を, Johnは『坊っちゃん」を読んでたよ)について研究代表者は, [研究実績の概要]の項で述べた通り削除が関与するものと考えている。より具体的には, 文/発話初頭位置の句表現(例『坊っちゃん』を)は, 後続する文とは独立した別の文が削除された残余物であるものと考えられる。焦点二重化における初頭位置の句表現には, (a) 複数の句表現の連鎖が可能(例 Johnが『坊っちゃん』を, 今日はJohnが『坊っちゃん』を読んでたよ, 「多重焦点二重化」), (b) 連体形形容(動)詞のような名詞句の左枝修飾語句の生起が可能(例 とても長大な, Johnがとても長大な論文を読んでたよ), (c) (b)のいう左枝修飾語句は(a)のいう多重焦点二重化では末尾の句表現に限定される(例 Johnがとても長大な, 今日はJohnがとても長大な論文を読んでたよ/*とても長大な(, )Johnが, 今日はとても長大な論文をJohnが読んでたよ), という興味深い特徴が観察される。特に上記(c)は, 削除についての従来の研究では指摘がなされてこなかった特性である。従って焦点二重化における削除には, (i) 従来考えられてこなかった種類の削除操作, および(ii) 従来考えられてこなかった削除に課される制約が関与する可能性が極めて高い。
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今後の研究の推進方策 |
[現在までの達成度]の項で述べた通り, 焦点二重化における初頭位置の句表現には, (a) 複数の句表現の連鎖が可能, (b) 連体形形容(動)詞のような名詞句の左枝修飾語句の生起が可能, (c) (b)のいう左枝修飾語句は(a)のいう多重焦点二重化では末尾の句表現に限定される, という興味深い特徴が観察される。日本語が左枝抜き出しの制約に従うこと(例 *とても長大な, Johnが[t 論文]を読んでたよ)を踏まえると, 上記(c)の事実は焦点二重化における文/発話初頭の(複数の)句表現の内, 末尾のものは移動の適用を受けず, それ以外のものは移動の適用を受けたものと見ることが出来る。研究代表者は, 焦点二重化における削除が焦点主要部(Focus)によって引き起こされるその補部(i.e. TP)の削除であるとした上で, 文/発話初頭の句表現の内, 末尾の句表現だけがTP内の元位置に残り, それ以外のものはFocの指定部位置に移動したものと考える。Focの補部であるTPが削除される際に上述の「末尾の句表現」が当該のTPに含まれるが, ヒトの言語に課される普遍的な制約として「焦点要素の削除は不可能である」旨をものが存在するため, TPが削除される際に「末尾の句表現」は元位置に削除されないまま残る(当該TPのそれ以外の部分が削除される)。この仕組みにより「末尾の句表現」としてのみ左枝修飾語句が生起することが説明されるのであるが, 今後は今述べた分析を支持するさらなる証拠を焦点二重化に関する事実より探るとともに, 同じような制約に従うと考えられる日本語および他の言語の削除現象(例えば日本語の右方転移や日英語の空所化)にも目を向けたいと考えている。
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次年度の研究費の使用計画 |
当初の計画では海外の学会での研究発表を複数回行うことを想定していたが, 特に焦点二重化についての研究・考察の本格化に時間を要したため, wh-the-hell疑問文についての研究発表を1回行うに留まった。 既に焦点二重化についての研究発表をアメリカ合衆国(2014年5月, Workshop on Altaic Formal Linguistics 10, Massachusetts Institute of Technology)において行うことが決定しており, そのための費用に充てたいと考えている。
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