研究実績の概要 |
日本語では, 書名, 楽曲名, 諺等において, 複数の句表現からなるものの, 動詞/述語を一切含まない表現が許される( e.g. 「手のひらを太陽に」, Multi-Phrasal Predicateless Utterances (MPPLU))。この研究では, 特に楽曲名としてのMPPLUについて考察し, MPPLUが, 少なくとも根底にある構造においては節としての構造を有することを示した上で, そうしたMPPLUが, (i) 空述語の基底生成 (i.e. MPPLU = [S XP1 XP2 ePred], XP1, XP2は句表現, ePredは空の述語)および(ii) 複数の句表現を残す形での削除(i.e. MPPLU = [S XP1 XP2 φ], φは削除の適用を意図)のいずれかによって派生されるとの主張を行った。 基底生成される空述語((i))は, 通常の代名詞(空代名詞を含む)がそうであるように, 深層照応形(deep anaphora)の一種であると考えられ, 言語表現として(楽曲名MPPLUの場合は当該楽曲の歌詞中に)現れる先行詞を必ずしも必要としないと考えられる。一方, (ii)の削除は同一性条件に従う表層照応形(surface anaphora)の一種であるものと考えられ, 言語表現として(当該楽曲の歌詞中に)現れる先行詞を必要とするものと考えられる。研究代表者は, 修飾対象の名詞を伴わない属格名詞句を含むMPPLUに注目し, この予測が妥当であることを示した。MPPLUは, 従来まとまった研究がなされていないが, 句表現の配列パターンに空所化, 焦点二重化, 右方転移といった削除が関わる諸現象と(部分的に)共通した点が見られ, 日本語(あるいはヒトの言語全般に見られる)削除の仕組みを明らかにする上で極めて興味深い現象である。また削除が関連する現象として, 英語の「場所を表す」where(移動の起点/着点ではなく, 動詞/述語が表す事態の成立する場所を表す/問うwhere)を伴う文 (wh疑問文, 自由関係節, 制限/非制限関係節)の構造と派生についても考察した。
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