本課題は、清代初期の学者方中履の主著にあたる『古今釋疑』の巻十七(音韻について論じた巻で、単独で「切字釋疑」とも呼ばれる)を研究しているものである。 昨年度までは、著者の方中履が『古今釋疑』を執筆するに至った背景や執筆の経緯及びこれが刊行されるに至った経緯などを、『古今釋疑』の序文、方中履の伝記、かれの本籍地である安徽省桐城の地方志等を参考にして解明し、その成果を論文「方中履『古今釋疑』の執筆と刊行について」としてまとめ、公表した。これによって、方中履は明清王朝交代期の混乱する社会の中で父母に孝養を尽くしつつ、父の方以智から学問の薫陶を受けたこと、20代の時期に早くも『古今釋疑』の草稿を作成していたこと、しかし清朝の支配下で仕官の道を求めず在野の学者に徹していたことから、『古今釋疑』の刊行はずっとおくれて彼が40代の時期に行われていること、等の事実が明らかになった。 これを受けて本年度は、本研究の中心部分をなすところの、『古今釋疑』巻十七(「切字釋疑」)の叙述から著者方中履の音韻観の特徴を解明する研究に着手した。「切字釋疑」ならびに内容的に関連する方中履の其他の著述や方以智の音韻学に関する著述に見られる叙述を分析した結果、「切字釋疑」の内容には、方以智の学説を継承した部分が広範囲に存在し、方以智が提唱する音韻体系に標準音の資格を認めていること、それに合わせて新しい発音表記や韻図(音節一覧図)を作成すべきだと考えていること、音韻に歴史的変化があることを自然の現象として受け入れる立場を示しており、その時代に生きる人間が聞いてわかり、見てわかる音韻学こそに価値があると考えていることなどが、明らかになった。研究成果は論文「『切字釋疑』に見える音韻観について」としてまとめ、公表した。
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