平成27年度は、主に文献資料に立脚して、中国の様々な地域及び中国に隣接する地域の諸言語の特徴について研究を行った。 文献資料の第一は、中国で明代(1368-1644)から清代(1644-1911)にかけて編纂された『華夷訳語』という諸言語の教科書である。この資料は、諸言語の発音を漢字音訳によって表記しているが、この音訳漢字の数量は膨大であり、整理してデータベースとすることによって、明代の標準中国語の発音をうかがい知ることができる。本研究においては、外国文字が附記されているために音訳漢字が表記している外国語音が比較的比定しやすい「乙種本」と呼ばれているグループを対象に、東洋文庫所蔵本(原本)、復旦大学所蔵本(電子版)、ケンブリッジ大学所蔵本(電子版)の字音データを整理したが、乙種本の全てのデータを入れるには至らなかった。なお、『華夷訳語』の研究と関連して、27年の5月22日に、大谷大学において「日本における華夷訳語研究の現状」と題する講演を行った。 文献資料の第二は、明代初期に成立した『元朝秘史』というモンゴル語と中国語の対訳文献である。当該文献も『華夷訳語』と同様、漢字音訳によってモンゴル語の発音を示しており、明代の標準中国語音の研究資料となし得る。『元朝秘史』の音訳漢字は『華夷訳語』と密接な関係があり、かつ『華夷訳語』の乙種本よりは古い段階を示すため、両者の比較検討は手掛けられるべき課題であった。この文献と関連して、平成28年3月に「『元朝秘史』の音訳漢字の声調について」と題する論文を『東アジア研究叢書』に発表した。
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