研究課題/領域番号 |
25370515
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 岐阜大学 |
研究代表者 |
佐藤 貴裕 岐阜大学, 教育学部, 教授 (00196247)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 辞書史 / 節用集 / 出版史 / 字書 |
研究概要 |
辞書資料の調査・撮影を、福岡市博物館(5月)・群馬県立文書館(7月)・大分県立先哲資料館・臼杵市立臼杵図書館・京都府立総合資料館(10月)・九州大学附属図書館・諫早市立諫早図書館・成城大学図書館(12月)・筑波大学附属図書館(3月)において実施した。 資料収集は、古書即売会・通信販売等によりおこない江戸時代刊行にかかる節用集(17世紀2本、18世紀11、19世紀12)、漢字字典(7)、韻字書(7)、詩作辞書(5)、特定書籍字引(2)、その他参考資料(4)を得た。 古本節用集の近世書写本を入手し、旧蔵者の教示により、本書が浄土真宗大谷派暎芳寺(岐阜県高山市内)に関わること、長らく高山市内に伝えられたことを確認した。系譜上は、各部乾坤門の国名群と一般語群のあいだに和歌名所(歌枕)を配することから、伊勢本類中、『増刊下学集』(天理図書館蔵)および『増刊節用集』(広島大学蔵)の一類であることを確認しつつ、双方の中間的性格を有することを明らかにした(国語語彙史研究会(9月)にて発表)。さらに、臼杵市立臼杵図書館において稲葉家本『節用集』を閲覧し、改編の見られるものの、相近い性格であることを確認し、中世から近世に移行する過程での節用集諸本のありようの一端を知り得た。 近世節用集においては異版の調査を重点的に進めた。『真草二行節用集』慶安4年孟冬版に2種あり、2種の雑糅版の存在を確認した。『倭漢節用無双嚢』天明4年版・『大日本永代節用無尽蔵』嘉永2年版の巻頭付録部における部分的改刻のある各2種のあることを確認した。『〔世用万倍〕早引大節用集』に3種5版(1種は他2種の雑糅本に新版を交えたもの)の存することを確認した。 そのほか、『詩文重宝記』元禄版の存在を初めて確認し、初期の通俗的詩文作成書の破綻的な編集方法などを明らかにできた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題の基礎となる辞書資料の調査は、予定どおりからやや上回るペースで推移したと考える。 これに加えて資料収集において、予想すらしなかった資料の獲得をみることになった。一つは、古本節用集伊勢本の近世写本であり、一つは、これまでその存在が知られていなかった『詩文重宝記』元禄初版である。 前者は、近世における辞書のありようとして、本研究課題では出版されたものを想定していたが、「近世における古本節用集の写本」についても検討課題に含むべきであることを改めて知らせるものであった。もちろん、過去にもそうしたものはあり、影印に付されたりなどするが、それらはすでに一定の検討がなされているものである。今般入手したものは、今後の検討にゆだねられるべきものであって、本研究課題の検討課題としての功績が期待されるものである。 後者は、記録でのみその存在が知られていたものである。今般、入手・実見するにおよんで、編纂のありようが知られることになり、にわか作りの実態が明らかにできたことは、元禄初期のいわゆる重宝記類のありようを知らせるものと位置づけられ、やはり想定外の成果となった。
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今後の研究の推進方策 |
資料収集における、想定外の資料の入手は、大いに研究の進展を保証するものである。一方では、そうした資料への調査・検討に注力した結果、元来予定していた、隣接他分野における辞書利用・書物出版研究の調査には手が回っていなかった。もちろん、これは、新資料の検討に注力するだけで、本研究課題の達成度が著しく向上することを考えれば、さしたるマイナスとは考えていない。むしろ、新資料のさらなる追究・検討こそ、継続的に行なうことで、最終的な成果の価値を高めるものと考えている。 基礎となる諸本調査について、本年度は九州地方を中心とする予定だったが、佐賀県立図書館は日程調整がタイトであり、鹿児島市内(鹿児島大学図書館・県立図書館)はやや調査資料数が少なく、近隣でのさらなる調査予定書数を挙げる必要があることが知られた。このように問題はあるのだが、当初の予定どおり、平成26年度では、中国・四国地方を中心とし、余力があれば九州地方分の補いや、集書の集中する関東・関西などでの調査を続行することとする。 『〔世用万倍〕早引大節用集』は、これまで文化6年版のみ知られていたが、諸本を丁寧に見るとき少なくとも3類に分かれ、少なくとも5種に細分された。このような事態は、文化6年にのみ印刷したのではなく、長きにわたって彫刻・印刷されていたことを示す。刊年を変えることなく再版することが名古屋書林の手法だったかもしれず、これを実証するために、さらに異本の収集・調査を行なっていく。
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