最終年度には、名詞の語彙概念拡張が、述語の項位置においての方が付加詞位置の場合よりもより広く認められるというコーパスデータからの分布に並行する形で、2語で形成された語連鎖(コロケーション)においても、右側主要部位置における語彙概念拡張の方が、左側の修飾語位置における概念拡張分布のあり方よりも広くなっている、ということを辞書の記載項目などを検証することによって確認した。 この2つの環境に共通しているのは、叙述的環境(述語の項として機能するか付加詞として機能するか)であれ、修飾的環境(語連鎖の主要部として機能するか、修飾要素として機能するか)であれ、中心的な参与者から周辺的な参与者へと語彙概念拡張は浸透していく、という方向性である。新しい意味の獲得において、1つの大きな方向性を示すことができたことは、意味変化の問題を考える上で得られた知見として有用ではないかと考えている。 たとえば、browという語は「眉・額」を表すが、そこから「表情」を表す意味へと拡張している。しかし近年「その表情をしている人物」という人間そのものを指す用法が登場してきている。これはBNCに2件しかなく、COCAには発見できなかった用法である。この用法はいずれも項位置において生じており、付加詞位置においてはまだ認められない。語連鎖の環境にもまだ登場してきておらず、辞書にもまだ記載されていない、確立した意味とは言い難いものである。今後このような意味が定着していき、より広範囲の環境において認められていくことになるのか、はたまたそのまま市民権を得られないで消滅していくのかは不明であるが、少なくともこのような新しい意味の発露がコーパスにおいて認められたことは興味深い。 日本語に関しても同様の事例は認められており、常に新しい意味が登場し、それが広まっていくという可能性がリアルタイムで観察できたことが今年の収穫であった。
|