研究実績の概要 |
本研究は、英語における強勢音節および無強勢音節の構造、分節素、母音間の子音連続、音節境界、音節量、ソノリティー、音節外子音要素等についての知見を組み入れた総合的な音節構造のモデルを提示することを目的とする。今年度の研究の概要は以下の通りである。 1.後部歯茎阻害音の扱いと音素配列:英語には4つの後部歯茎阻害音(chip, jet, ship の各初頭子音, measureの母音間の子音。本報告書ではそれぞれ [[ch, j, sh, zh]] と表す。)があるが、これらは英語の子音体系や音素配列を考える上で興味深いいくつかの問題を提起する。例えば前二者の調音法は破擦音であるが、英語には破擦音はこの2つしかなく調音位置の対立を示さない。また、[[sh]] は fresh のように語末に現れる場合は、直前の母音が原則として短母音であるという制約がある。さらに、[[zh]] は外来語を除いて語頭や語末には生じない。後部歯茎阻害音は口蓋化された /t, d, s, z/ であり、音節構造上 /tj, dj, sj, zj/ という子音連続として振る舞うと仮定するとこれらの音の性質が説明できることを示した。 2.上記の扱いに伴い、英語の強勢音節は初頭子音(onset)、核(nucleus)、末尾子音(coda)ともに3つのスロットを持つ [O1 O2 O3][N1 N2 N3][C1 C2 C3] という構造を有するとした。先行研究では隣接するO3とN1、N3とC1はそれぞれ1つのスロットとされているが、これを分離することによって音節初頭子音と音節末尾子音を並行的に取り扱うことができるようになり、母音を含む接尾辞を付加しても音節数が増えない wonder のような2音節語(wonder → wondrous; Cf. thunder → thunderous)はC2 C3に /dr/ を持つとする説明が可能になった。また、従来の音節のテンプレートには適合しない英国容認発音での ask、外来語である Minsk のような語の音素配列も説明が可能になった。
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今後の研究の推進方策 |
本課題の最終年度では、主に次の2点を検討して英語の音節構造の総合的なモデルを提示する。 1.「研究実績の概要」の1の想定は、音節初頭子音において [[ch]] に [s] が先行しない事実を [stw] が許されないという事実と同列に捉えることを可能にする。しかし、[stw] と同じように見える [skw] は存在し(square)、また [spl, spr, str, skl, skr] も認められる。このことから子音連続には子音の数以外に調音音声学的な制約があると考えられ、また、後部歯茎阻害音が口蓋化子音と分析されるのと同様、[kw] は円唇化された /k/ である可能性もある。 2.「研究実績の概要」の2で述べた英語の強勢音節の構造である [O1 O2 O3][N1 N2 N3][C1 C2 C3] においてC3の部分が舌頂性子音に置き換わったものが通常、音節外要素と考えられている appendix であり、また強弱格のフット(trochaic foot)はC3の部分に無強勢音節が埋め込まれた構造を持つと想定することができる。この想定の可否を検討する。 また、余裕があれば次の点についても考えたい。 3.接尾辞 -ish, -ageはどちらも母音に後部歯茎阻害音が後続する構造を持つが、2音節の語基に接続する場合、語基の末尾にある一定の条件を要求する。一般に -VC型の接尾辞(Vは母音、Cは子音)はCの性質が強勢配置に大きな影響を与えるようであり、-ic, -ive, -ous, -al など同型の接尾辞とともにその音韻的性質を統一的に説明できる可能性がある。
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