今年度は、松浦家文書中の未調査資料の集中調査を実施した。具体的には、『甲子夜話』を残し文人でもあった松浦静山の書簡全830通を精査した。政治・外交情報などを記述した大名とのやりとりの存在を期待していたが、大半が、国元と江戸をつなぐ家族間の書簡であり、政治向きのことはわずかに1件しか存在しなかった。ただ、大名間で種々の書籍や絵画の貸借がなされたことを示す書簡を10数通見いだすことができ、大名間の知的営みのあり方を示す史料であることは確認できた。こうしたネットワークは、幕府の合意形成の背景を具体的に示すものとして重要であり、今後の研究の展開に向けた基礎的知見を得ることができた。なお、本テーマに直接関わるものではないが、書簡から、静山が狩野派の絵師で谷文晁の師として知られる加藤予斎に絵画を習っていたことが初めて明かとなった。 これに併行して、近藤重蔵の「辺要分界図考」の読解を進めた。昨年度までの研究で明らかになった世界認識の転換の中に、カラフト問題がどのように位置づけられるのか、という問題関心からの研究である。その結果、日本が、ロシアの脅威を感じながらも、中国のプレゼンスを無視できないがために、カラフト問題に取り組みがたかったこと、カラフトが、まさに、東アジア世界と近代世界システムとの相克の狭間にあったことが明らかとなった。このテーマについては、論文を準備中である。
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