第一に、『左伝』の定量的分析を進め、研究成果の一部を「『左伝』の予言」として公刊した。本論文は、『左伝』の予言を分析したものだが、結論として以下の所見を得た。予言された事件に注目するならば、春秋前期は晋霸形成の前段階、中期は文襄の霸の成立、晋霸中衰、悼公復霸、そして晋の六卿の確定、と晋霸の動向が最も中心的な主題となっている。対するに、後期は宋の盟における晋霸の最終的完成がその弛緩をもたらした結果、周王朝や中原諸侯国では内乱が相次ぎ、その一方で楚霊王・呉王夫差が霸権の奪取を窺うが、果たせずして敗滅する過程が描かれる。予言および予言された事件の件数は、後期前半、前540~前510年代にとりわけ大きな値を示している。『左伝』は春秋史において、春秋後期前半における王朝・中原諸侯国および世族の動向、そしてそれと表裏の関係にあった晋霸の完成から弛緩、そして解体の過程に最大の関心を有していたということになる。 第二に、左伝学の展開に関わる研究を進め、研究成果の一部を「春秋釈例世族譜の戦国紀年」(『中国古代史論叢』8)として公刊した。本論文は、杜預『春秋釈例』世族譜の戦国紀年を素材に、『史記』成立以降の先秦史認識の推移を確認する。結論として以下の所見を得た。3世紀末に『春秋釈例』が作成された際に、戦国紀年に関する材料は、さしあたり『史記』以外に存在しなかった。対するに系譜については、『世本』に、『史記』に見えない独自の材料があり、『史記』の錯誤を正しうることもあった。しかしながら、『史記』に本紀・世家が立てられている諸国についても『世本』に記述があり、場合によっては『史記』と食い違っていたはずだが、世族譜は、戦国期については、基本的にもっぱら『史記』に拠っている。年数をもつという点で、『史記』を『世本』に優越する材料とみなしたものであろう。 第三に、報告書の作成に従事した。
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