研究課題/領域番号 |
25370861
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
小山 啓子 神戸大学, その他の研究科, 准教授 (60380698)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 近世フランス / リヨン / 都市 / 外国人 / イタリア人 / 帰化 |
研究実績の概要 |
本年度は、『日仏歴史学会会報』への寄稿や、12月に開催された学習院大学史学会での発表に向けて、近世リヨンの外国人が与えた都市社会への影響や、国王儀礼における外国人の役割についての個別研究を深めると同時に、共著『新しく学ぶ西洋の歴史』において16世紀フランスという時代の概観を行った。以下、簡単に内容をまとめたい。 16世紀リヨンのイタリア人は、施療院や慈善活動、祝祭などを通じて在住社会との多くの接触を持ちながらも、法制的な意味での「同化」には至らないことも多かった。イタリア諸都市出身の商人集団は、国際的な意識の中で生きていたのも事実であり、それこそが国際商業都市リヨンをヨーロッパの経済的・商業的ダイナミズムに組み込むことのできた要因であった。16世紀の中頃までは、こうした外国人に対して在地社会は比較的寛容であった。しかし経済状況の悪化に伴い、イタリア人に対する反感や、外国人の小売市場への関与に対する非難が一層厳しくなり、社会批判の言説の中に外国人が登場してくるようになる。 また、リヨンの外来商人が王権や都市から得ていた免税などの特権は、段階的に廃止される方向に向かった。この特権の廃止は、カトリック同盟による政治的混乱とあわせて、外来商人がリヨンから出て行く原因の一つになった。これまでの研究では、この時期にリヨンという都市が閉鎖性を高めたとされているが、管見によればリヨンは都市制度として外国人を排除する施策は取っておらず、実際、イタリア人と入れ替わる形でサヴォワ人の割合が高くなっており、外国人の帰化登録そのものの件数も減ってはいない。この在住者ネットワークが、リヨンが絹織物業都市として再起する18世紀にかけてどのように機能していくのか、帰化申請者数の著しい増加が見られる1630年代および1670年代はどのような社会的背景との関連が指摘できるのかを今後の課題としたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まだ子どもが小さいため、本年度は実際に自分自身がフランスの文書館を訪れて資料収集することはできなかったが、インターネット上で資料を閲覧したり、購入して取り寄せるなどして研究を進めていった。パリのEcole Pratique des Hautes Etudesで行われているヌシャテル大学のOlivier Christin先生の研究会に招かれ、出席する予定であったが、パリの同時多発テロのため中止となり、その後は校務などとの関係でまだ実現できていない。 長編の論文としては発表できていないが、個別研究と概説の双方にわたって成果を発表できたので、本年度の成果としては順調であるという判断に至った。ただし、今後さらにこれまでの蓄積を論文として発表し、新たな史料分析にも取り組んでいきたい。
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今後の研究の推進方策 |
第一に、現在執筆中である16世紀リヨンの外国人と帰化に関する論文を発表したい。これとは別に、リヨンのイタリア人が関与した施療院と慈善活動についての論文を仕上げることによって、近世都市における外国人の活動や影響力を明らかにしていく。 次に、本年度の研究において、16世紀末にリヨンは都市として閉鎖的になったのではなく、移住者層が富裕なイタリア人からサヴォワ人へと変化したということを明らかにした。この変化の社会的背景や、人的ネットワークの変容をどのように捉えるかは今後の課題である。また、富裕なイタリア人層も17世紀にリヨンから完全に撤退したというわけではなく、この時期に定住・帰化を選んだ外国人の中から、18世紀の絹織物業都市リヨンの礎石が築かれていく点にも注目しながら、17世紀における外国人の実態を調査したい。 第三に、近世フランスの王権と国王儀礼を考える時、重要な転機として指摘されてきたのがルイ13世の即位であった。しかしながら17世紀の国王儀礼は、「絶対王政化」が指摘されるにとどまり、それ以上に内実が深められないままになっている。たとえば1660年ルイ14世の入市式においては、これまでは語られることのなかった「ヨーロッパの権威者としての国王」というイメージや言説が大きく前面に押し出されてくる。儀礼や祝祭が壮麗さを増したその背景には、ヨーロッパ列強の君主たちの競合があり、フランスでは少なくともそうした儀式のターゲットが目の前の民衆を超えて、他国に向けて執り行われるようになったのは明らかである。そこに列席した外国大使の役割や、都市の芸術家の成長と王立アカデミーとの関係について、新たに調査したいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
海外出張を行うことができなかったのは、ヌシャテル大学教授のOlivier Christin先生がパリのEcole Pratique des Hautes Etudesで行っている研究会に出席する予定であったが、テロのため中止となり、その後はこちらの校務などもあって行くことができなかったためである。 また、パリの国立文書館から資料を購入して取り寄せたが、年度末にかかってしまったことと、研究遂行上取り急ぎ必要であったため、私費で処理した。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度と次年度にかけて、フランスでの資料調査や研究打ち合わせ、および研究報告のために旅費を使用していきたい。また本年度はパソコンの購入を予定しており、データの整理・分析のために積極的に役立てたい。
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