本年度はブルゴーニュ公とリエージュの紛争を取り上げ、その過程でネーデルラント諸都市が君主や都市リエージュといかなる関係を結んだかを考察することで、それら諸都市のアイデンティティを浮き彫りにするよう努めた。そこから明らかになったのは、宗教的領域をはじめとして、都市政府、市民(一般信徒)、聖職者等の間で微妙にずれを孕みながら曖昧な輪郭のもと立ち上がる都市アイデンティティのあり方であった。これはまず紛争の舞台である都市リエージュで顕著に見られた現象であるが、リエージュ司教領に位置し、紛争に深くかかわった周辺都市にも同様な傾向は確認された。これらの成果は、二つの論集に寄稿した論稿の執筆に生かされている。 また、本研究の中心的な課題の一つである飛び地におけるアイデンティティの問題については、リエージュ司教とブラバント公の共同統治下にあり、公領から切り離された都市マーストリヒトに焦点を当てて考察を行った。その結果、この都市はブラバント地方から司教領を挟んだ地点に位置し、司教支配に組み込まれていたが、ブラバント公を兼ねるブルゴーニュ公が紛争を通じてマース川流域一帯を支配しようとする際、その拠点としての性格を与えられたことが明らかとなった。こうした君主支配の中心地としての地位は、単なる司教領の一都市ではなく、また単なるブラバント都市でもなく、マース地方の首座としてのアイデンティティをマーストリヒトに与えることになるだろう。短命に終わったブルゴーニュ公シャルルの政権下で激しく燃え上がった紛争は、こうした飛び地都市の性格を平常時とは異なる形で際立たせたのである。なお、このマーストリヒトをめぐる研究成果は、近日刊行予定の中世ヨーロッパにおける帝国的支配をめぐる論集に収録される論文の一部を構成するはずである。
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