本年度の研究作業は、以下の2点中心に分析作業を行った。 1.淀川右岸・左岸における、弥生・古墳時代集落発掘調査データの集成。2.詳細な墳丘形態・時期が不明な古墳について、現地調査により測量図を作成すること 結果として、淀川・木津川水系(京都盆地含む)の、集落と墳墓の分布の変遷をみると、そこには小地域ごとの差異とともに重要な5点の共通性を抽出した。 (a) 弥生時代~古墳時代にかけて集落立地地点の中心が、三角州堆積環境などの低湿地から、扇状地中下部や低中位段丘上へと変化する。弥生時代に低湿地での集落形成が多い理由としては、水田可耕地に隣接して居住地を設ける状況、つまり個々の集落に付帯して水田経営がなされることが多いことを示している。古墳時代にはそういった経営の個別性が変質する可能性が高い。(b) この変化の進行は、沖積地面積の少ない淀川左岸・木津川流域では古墳時代前期に進行するが、低湿地集落数の減少が明確になる時期は古墳時代中期である。(c) 上記の集落分布の変化はみられるものの、大規模墳墓造営の有無にはかかわらず、弥生~古墳時代を通じて各小河川流域に集落群そのものは存在し続ける。古墳時代中期の大規模墳墓の集中の目立つ地域にだけ人口集中が認められるわけではない。(d) 古墳時代中期には、地域によっては鍛冶生産や埴輪工房などの専業的集落の存在が確認されはじめる。それは、古墳時代中後期に大規模墳墓を造営する領域に近い場所であることが多い。(e) 地域によっては、古墳時代後期あるいは古代には集落分布の高燥地への集中傾向は若干緩和され、低湿地集落の数は増加し始める。同時に、中小河川流域ごとに背後の丘陵部に群集墳を形成し、その内容に小地域間の大きな階層的差異はみとめにくい。 以上のように、弥生~古墳時代の諸要素を通じて集団間の政治的関係とその変化を論じ、諸変化の画期と方向性を確認した。
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