研究課題/領域番号 |
25380001
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
水野 浩二 北海道大学, 大学院法学研究科, 教授 (80399782)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 民事訴訟 / 釈明 / 職権探知 / ローマ法 / 裁判官 / 当事者 / ドイツ |
研究概要 |
1 大正改正の起草・立法過程についての史料の検討から、釈明権強化は一応支持されたが内容は曖昧であり、釈明の範囲をテクニカルに確定しようとする志向はドイツと異なり見られないこと、起案者は〈口頭審理における後見的な真実解明〉の実現にこだわったが、書面化していた実務に寄りかかる弁護士の反対などにより相当の相対化を余儀なくされたこと、職権行使の積極的位置づけの背景として、弁護士の資質の低さにつき弁護士を含めコンセンサスがあったこと、などを明らかにした。 2 職権探知の強度がどの程度のものとして考えられていたのかにつき、大正改正における職権証拠調と当事者訊問の扱いを1と同様の手法で検討した。起案者が考える「職権探知の強化」は、真実をどこまでも追求するというものではなく、当事者のみに立証を委ねておくのではあまりに不適切な場合に補充的に後見的介入を行うというスタンスであった。立法過程において見られた当事者主義を旗印にする批判も、あくまで強度の職権探知を危惧したものであり、あるべき介入の強度についてほとんどのアクターの間には緩やかなコンセンサスが成立していた。 3 19世紀独墺の民事訴訟における職権介入については、その学説的基盤たる中世学識法的訴訟手続における職権補充suppletio iudicisを扱った解釈論の変遷を分析した。法と事実双方の補充について、すでに学識法的手続の成立期から職権にはある程度の自由が認められ、14世紀中に議論の質が変化し職権のさらなる積極化が可能になったことが判明した。職権介入は単に「真実に基づく裁判の実現」を目指すにとどまらず、「法専門家たる弁護士がミスを犯した際そのリスクを誰が負うべきか」という論点への一つの答えでもあった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の基本的目標は、当事者主義に基づくとされてきた近代法の民事訴訟手続が、実際には〈口頭審理における後見的な真実解明〉、つまり少なくも中近世以来のある程度積極的な裁判官の職権行使を当初から内包し、裁判官が口頭審理での職権行使により真実に基づく裁判を実現するという理解が存在していた、という仮説に基づいて近世以降のドイツ民訴とその日本への継受を検討するものである。このうち、大正民訴法改正の起草・立法過程についてはほぼ全容を明らかにできたと考える。26年度以降に予定している、非エリート層法律家におけるスタンスとの比較作業の前提を確定することができた。 また、ドイツ民訴法手続の史的分析については(下記12で述べるように)26年度以降に先送りし、その歴史的基層として従前より関心を持っていた中世学識法的訴訟手続における職権介入のありようを大方解明することができた。とくに14世紀を境に、職権の捉え方が大きく変動したことをさまざまな点で確認できたことは重要と考えている。 これらの点について、3本の論文を執筆した。うち1本は斯界の中心的雑誌(査読つき)である『法制史研究』に50頁にわたり掲載されることが決定し、平成26年4月に刊行された。他2本のうち1本は『北大法学論集』に26年5月に公表が決定しており、残る1本は記念論文集の形で26年度中に刊行予定である。また学会報告や研究会での報告でも、好意的な評価をいただくことができた。本研究1年目の成果としては、十分なものと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
平成26年度は、〈口頭審理による後見的な真実解明〉のわが国非エリート層実務への継受の実態、19世紀ドイツにおける〈当事者主導の口頭主義〉とのせめぎ合いを検討する。 1 大正民訴改正に関する、起草・立法過程に関わっていない非エリート層実務家の意見表明を検討する。史料として司法省寄りから社会運動系メディアまで偏りなく調査し、非法学的な史料も幅広く収集する。ヨーロッパの社会運動の影響を受けた弁護士・裁判官が弱者救済のために極めて強力な職権行使を支持し、その際(起草・立法過程では持ち出されなかった)「日本古来の伝統への回帰」がしばしば唱えられたことなどを論じたい。 2 外国旅費によりドイツに出張し、近世ドイツならびに19~20世紀初頭のドイツ・オーストリア民訴の状況に関する同時代の文献(立法資料・政治的パンフレットなど)を調査・収集する。同時に在欧の専門研究者との意見交換を行う。 3 19~20世紀初頭のドイツ・オーストリア民訴手続を〈口頭審理による後見的な真実解明〉の観点から検討する。裁判所コントロール手段としての〈当事者主導の口頭主義〉はドイツ民訴法典成立にかけて頂点に達するも、実務での形骸化と19世紀末の激しい論争を経て、口頭審理は適切な職権行使と結びついて初めて機能することが再認識されるに至ったのではないかと考える。実務では19世紀半ばにもなお当事者による「職権行使の嘆願」が存続し民訴法典成立後も釈明権行使への期待は高く、政治的言説も世紀末にかけて職権行使への期待へとシフトしていったと思われる。 4 上記についての検討結果を中間報告として学会報告・論文にまとめ公表する。国内旅費により国内他大学に随時出張し意見交換・情報収集に努める。
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次年度の研究費の使用計画 |
当初今年度には、外国旅費によってドイツ(マックス・プランク欧州法史研究所、ミュンヘン大学法学部など)に出張し、近世ドイツ普通法訴訟手続の史料を調査し、複写・電子データ化を行い、同時に在欧研究者との意見交換を行うことを予定していた。 しかし今年度前半期の検討の結果、近世~近代ドイツ・オーストリアの民事訴訟手続を検討するに当たっては、その系譜上の基盤をなしている中世学識法的訴訟手続について十分な分析をおこない、先に見通しを得ておくことが研究の効率的遂行に資すると判断された。また、学会での報告ならびに記念論文集への寄稿の依頼を受けたため、すでに作業がある程度進行し年度内にまとまった成果を出せる見込みのあった大正期日本についての検討を先行・発展させることが望ましいと考えた。 上記の理由により、平成25年度は中世ヨーロッパならびに大正期日本についての検討を優先して行うこととなり、ドイツへの出張実施を平成26年度に延期し、旅費等に使用する予定であったその分の予算から640,030円を残すことになった。この残額については、近世~近代ドイツ・オーストリアの民事訴訟手続についての二次文献・収集済みの史料の分析・検討をさらに進め、現地で閲覧・収集すべき文献・史料を絞り込んだ上で、26年度の調査の旅費や文献の複写費等として使用したい。
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