本研究の目的は、イングランドの教会裁判所と国王裁判所の実務を、証拠法の観点から分析することを通じて、12世紀のイングランドにおける学識法的訴訟手続とコモン・ロー的訴訟手続の現実および相互関係について解明することにある。研究の成果は次の通りである。 第一に、12世紀のイングランドで作成された『訴訟手続論』全7点の手書本について(刊本がある場合には刊本との比較を行ないながら)証拠法に関する箇所を中心に分析・検討することができた。 第二に、中世ヨーロッパで用いられた証拠方法である神判、雪冤宣誓、証書、証人等に関して、イングランドの教会裁判所と国王裁判所の実務における利用状況に焦点を当てて、研究文献の調査・分析および史料や手書本の調査・分析を進めることができた。 その上で、第三に、ヨーク大司教毒殺事件等の複数の事件を分析し、その審理に関わった教会裁判所と国王裁判所の実務を、証拠方法の観点から分析することを通じて、12世紀のイングランドにおける学識法的訴訟手続とコモン・ロー的訴訟手続の現実および相互関係を解明することができた。ヨーク大司教毒殺事件に関しては、論文「一二世紀イングランドにおけるヨーク大司教毒殺事件に関する一考察」(『熊本法学』133号、1-40頁)において、聖俗の裁判管轄領域が未確定で、聖職者の特権が認められていない時期のイングランドにおける犯罪聖職者の裁判を、証拠方法の観点から考察し、犯罪を行なった疑いのある聖職者が、同一事件について、証人による証明を要する教会裁判所の告訴手続、神判による証明を要する国王裁判所の手続、そして糾問ではなく雪冤宣誓による証明を要する教会裁判所の悪評手続を用いて、繰り返し訴えられていると判断されうることを示した。
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