研究課題/領域番号 |
25380014
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研究機関 | 法政大学 |
研究代表者 |
川口 由彦 法政大学, 法学部, 教授 (30186077)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 法制史 / 裁判制度史 / 執行官 / 執達吏 |
研究実績の概要 |
研究の第2年度となる本年度は、1890年より施行された執達吏規則、執達吏手数料規則、司法省令執達吏登用規則の制定に至る経緯を官報、諸法令集、新聞雑誌記事をもとに調査研究した。 1872年に制定された司法職務定制は、裁判所の設置(行政庁よりの裁判所の独立)、判事のあり方、検事のあり方、代言人(後の弁護士)のあり方等を定める画期的なものであった。この法律には、民刑事の事案が訴訟となった場合に、取られるべき手続きが記され、判決が確定するとこれをいかに執行するかが規定されていた。 江戸時代においては、刑事=吟味筋の判決執行=刑罰執行は刑吏身分の者たちが行った。これに対し、民事=出入り筋の判決にはこれを執行する制度措置はなされていなかった。明治に入っても、刑罰執行は引き続き刑吏が行ったが、民事の判決執行については特に制度措置はなされなかった。このため、民事判決が確定しても、当事者がこれを履行しない場合、どのようにして判決の強制的執行を行うかが重要な問題となった。明治初期の具体例をみると、身代限処分や差し押さえ、競売等を刑吏が行っている事例がみられる。明治初年は、西欧型民事法が日本に輸入され、これによって、裁判には民事と刑事の別があるという認識が広まった時代ではあったが、民刑事の別を正確に理解していたのは、司法省の上級官僚や裁判所の上層部のみであった。このため、末端の訴訟実務には「近代法」の観点からは考えられないことが次々と起こった。この時期に司法省は全国の裁判官に対し、民事と刑事とを混同すべきではないのに民事事件の際に当事者を拷問にかけている例があり、このようなことをしてはならないとの指令を発している。刑吏が民事判決執行に動員されたのは、明らかに民刑事事件の区別を末端の裁判官ができなかったことを示している。司法職務定制はこのような事態を強く戒め、民事判決執行を町村役場に委ねるとした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前年度に開始した、東京法学校卒業生で執達吏となった六嘉秀孝につき、さらに検討を加え、研究の進展をみた。六嘉は出身地の熊本で何件かの訴訟に関わった。必ずしも職業的代人と言えないが、訴訟実務については一定の経験を持っていた。六嘉の東京法学校入学時期がいつだったかは確定できないが、1886年7月卒であることは間違いないので、この間に東京法学校の授業等を通してボアソナードと接触する機会を有していたと考えられる。 この点から注目すべき資料は、東京朝日新聞の1889年4月21日付けの記事である。東京法学校の教育の中心にいた政府法律顧問ボアソナードは1895年に帰国する前に、1889年にフランスに一時帰国している。新聞記事は、ボアソナードが同年4月27日に帰国の途につく際に、東京法学校の信岡雄四郎、六嘉秀孝らが委員となり、「多年薫陶の恩に報」いるため、象牙の置物一対を寄贈したという内容である。信岡雄四郎は、広島県出身の平民で1888年7月に東京法学校を卒業し代言人となった人物。法典論争に参加して断行派の論客となり、改進党の一員として活躍した。憲法問題への発言も見受けられる、フランス法派の著名人の一人である。 これに対し、六嘉は、卒業が信岡より2年早いものの信岡ほど著名ではない。執達吏制度が発足するのは、1890年であるから、ボアソナード一時帰国の際には執達吏ではなかった。それでは、六嘉はその頃何をしていたのか。和仏法律学校は明治期には、卒業生の出自、職業、住所を記した卒業生名簿を作成している。この名簿における六嘉の初出は1893年で、六嘉は東京浅草に在住する執達吏となっている。また和仏法律学校の卒業生等からなる「校友会」という組織があり、1892年12月にその会長、副会長、幹事(3名)、評議員(30名)が総会で選任されており、六嘉は梅謙次郎や本野一郎、高木益太郎とともに評議員となっている。このとき信岡は幹事に選任されているのである。
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今後の研究の推進方策 |
1872年の司法職務定制においては判決の執行を町村に委ねるとしていた。この時期の民事判決や新聞記事等を見ると、差し押さえや競売の執行のため役場吏員が現地に赴くという事態が散見される。この点からすると、1886年の「裁判所官制」が、上記執行のための「執行吏」を置くとしたことは、画期的である。ところが、実際には、直ちに執行吏を置くことはできず、この執行吏の問題につき、司法省が全国の裁判所長会議に諮問を行ったり、様々な草案を作成したりしていた。 この点は、従来の研究ではまったく論じられておらず、今年度はこの点を掘り下げるため、国立公文書館、国会図書館、各大学所蔵資料等を調査する。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は、国立公文書館、国会図書館、日文研民事判決データベース、朝日、読売、東京日日、時事新報等の新聞記事の検索・収集に全力を注いだ。この目的のため、アルバイトを雇用するとともに関係古文書等の購入等を行い、予算額の9割ほどを執行したが、アルバイト作業のための人捜しに時間がかかり、1割ほどが未執行となった。
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次年度使用額の使用計画 |
資料検索アルバイトを雇用し、調査を行う。従って、2014年度使用目的は変わらず、調査のための人件費を予定している。
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