研究概要 |
一般に信託は英米法由来とされるが、本研究はローマ法の信託遺贈fideicommissumを信託の大陸法的起源の一つと捉えて、その構造と法技術を分析し、この制度の持つ可能性を探究すると共に、英米法的信託trustとの高次の接合を見出すことを目的とする。 本年度は、ローマ法における信託遺贈の解釈技術、とくに擬制的解釈の方法についてディゲスタを中心とした資料から明らかにした。 遺贈と信託遺贈は、ローマ法の中でもより自由な解釈を発展させていった領域である。「厳格な形式主義を廃して、意思を中心とした自由な解釈へ」というシェーマがこの二つの制度の中で進行していったが、とりわけ信託遺贈において新しい展開がなされた。市民法上の伝統的な制度である遺贈には、多くの制約があったが、信託遺贈は市民法上の制度ではなかったため、相対的により柔軟な運用が可能であった。信託遺贈に見られる擬制的解釈は、まさにこうした展開の極にある。残された遺言から・あるいはそれを越えて、信託遺贈を新たに構成するconstructiveな解釈が「遺言者の意思」を拠り所にして大胆に行われたが、そうした例をいくつか取り上げ、分析した(Celsus D.31,29pr., Scaev.D.34,1,1,13pr.など)。このような解釈によって、遺言者の遺した遺言や処分が無効となって無遺言相続に陥ることから個別の処分を救い出すことが可能になった。それは、遺言相続と無遺言相続の境界を曖昧にすることを意味する。信託遺贈のローマ法上の真の意義は、遺言と無遺言の境界を解釈が担う余地を作り出し、ローマ相続法全体を革新した原動力となったことにある。式語・儀礼的行為を法的根拠とする厳格な遺言相続の体系が、徐々に遺言者の意思を最大の根拠とする遺言相続へと切り替えられていった法発展の大きな一端を明らかにすることができた。
|