大気汚染物質等の規制基準は、所謂「法規命令」を通じて、その具体的内容が決定されることが法律上予定されているが、排出される化学物質と環境汚染との間の因果関係が科学的に明確に立証されている場合は別として、法規命令の制定権限を持つ行政庁は、いかなる物質の排出を、具体的にどのレベル(基準)で規制すべきかについて、科学的裏付けをもって決定することができないことが多い。そのため行政庁は、実務上、排出基準を策定するに先立ち、規制の対象となる事業者等との間で情報交換を行い、科学的裏付けがないなかで排出規制を行うことそれ自体、また具体的排出基準につき、被規制者との間でコンセンサスを形成しようとする。その結果は、得られたコンセンサスの程度に応じて、様々な形態を示すが、一般に、規制対象物質による環境汚染の科学的裏付けがない(又は低ければ低いほど)、仮にリスク配慮の観点から規制基準の設定それ自体に一定のコンセンサスが得られたとしても、実際に規制基準を法規命令で規律することは回避される傾向にあり、事業者側が一定の規制基準を遵守することを条件に、法規命令の制定が見送られることが多い。法規命令制定回避を内容とする合意の成立である。この合意は、法的拘束力をもった契約として成立することもあれば、紳士協定又は法的拘束力を持たない申合せとして成立することもある。本研究では、こうした法規命令制定回避型の合意に焦点を当て、 特にそれが法的拘束力を持った契約の形式で行われる場合の問題点につき、行政法学(とりわけ行政契約論)の視点から考察を行い、この問題に関するドイツ行政法学上の議論を参考に、かかる法規命令制定回避型の行政契約が、所謂民主的正統性の観点から疑義があることを明らかにした。
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