研究課題/領域番号 |
25380045
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研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
今村 哲也 明治大学, 法務研究科, 教授 (00160060)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | オーストリア公法 / 行政裁判権 / 行政処分の法的統制 / 公権力的事実行為概念 / 行政組織改革 / 決定概念 / 独立行政審判官制度 / 警察活動 |
研究実績の概要 |
本年度は、権力的事実行為が中心となる警察活動の法的統制に関するオーストリアでの議論、特に独立行政審判官制度の邦(ラント)行政裁判権への再編、について研究分析を行なった。 わが国の警察活動を含む行政権に対する司法統制には行政事件訴訟法が適用されるものの、普通裁判権の専権である。行政作用に対する司法統制については処分性要件を充足しなければならない(法は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と規定する)。「行政庁の処分」が講学上の行政行為に当たることに争いはないが、「公権力の行使に当たる行為」の外延は必ずしも明確でない。行政自身による法的統制制度である行政不服審査法では「公権力の行使に当たる行為で・・継続的性質を有する事実行為」も処分とされているため、訴訟法上も処分に当たると解されている。したがって、国民の行政(警察)活動に対する権利救済の可否は、法律用語たる「処分」の輪郭に左右されることになる。それ故、処分概念の再検証は、行政に対する裁判統制と権利救済(人権保障)に関する最重要課題である。 この点オーストリアでは、権利救済にかかる裁判統制(違法性審査)の対象として、行政庁による「決定」(行政行為・処分)と「直接的・官庁的下命権および強制権の行使」(公権力の行使に当たる行為)の概念が明確に区分され確立している。連邦憲法典以下の関連法規が改正され、主に後者の公権力的事実行為の不服申立受理機関であった独立行政審判官制度(わが国の行政不服申立制度)を廃止し、新たに行政裁判権に再編統合した今次『2014年行政裁判権改革』を契機に、本年度はこの二つの概念の研究・分析に従事した。ドイツに先んずること50年の1925年に『一般行政手続法(不服申立を含む)』を制定したオーストリアでは、官庁決定即ち処分属性としての行政手続の経由如何による両者の区分基準が重要で、この点わが国にも示唆に富む。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
連邦憲法典18条による行政(統治)活動の法律による全部留保主義(法律実証主義)に立つオーストリアでは、行政手続法体系の早期確立と相まって、ドイツ行政裁判権と日本の司法裁判権とも異なる展開を見せている。とりわけ、行政手続を経由する「官庁決定」概念と行政手続を経ない「直接的官庁的下命権・強制権の行為」概念のいずれにも行政裁判権管轄を及ぼすこととした点は注目に値する。 このたび行政不服審査法が全面改正され、従来の処分概念は行政事件訴訟法の定義に統一され、裁決は審理員による決定とされることになったことは、公権力的事実行為論の視点ばかりでなく、行政手続法的視点からの権力的事実行為論を含む処分性概念の再検証の好機であり、上記法概念の我が国における有用性を検証し論考化する意義がある。 本年度は、本務校での在外研究機会を得てオーストリアでの資料検索と収集、法学者、大学教授および警察実務家との交流機会を存分に享受することができ、継続的研究連携関係を構築することができた。また、現地での文献検索の際に直接確認した有益な図書を選定購入ができたため、科研費の有効な執行を実現することができた。 現地からのベルリン自由大学への科研費出張にあっては、トルステン・シーゲル教授からドイツ警察法におけるプロイセン法系とバイエルン法系それぞれの特性について直接に知見をいただき、さらに今後の研究交流を約束した。 研究滞在中の受け入れ機関であるウィーン経済大学オーストア・ヨーロッパ公法研究所主催のスタッフセミナーでは、シュトルツレヒナー教授および警察実務家による警察法運用の実際を見聞し、オーストリア・日本の比較治安法研究会での口頭報告を行う機会が与えられ、わが国からの情報発信を果たすこともできた(Aktuelle Entwicklungen im japanischen Sicherheitsrecht.)。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は本研究の最終年度に当たるため、民主主義的法治国家における必須要件としての『権力は統制を要す』を如何に実現すべきかを、警察活動に対する(市民関与を含む)法治主義の徹底とこれを担保する主観法(権利保護)的統制と客観的制度的統制の2つの側面から、研究の推進を図りたい。 警察活動に関する法治主義の徹底については、オーストリア連邦憲法典18条の全部留保主義原則に依拠する安全警察法典28条から49条にわたる警察官の事実行為に対する法的裏付け(事実行為についての授権)を、わが国の警察官権限の法制との比較において、現行公安委員会規則の立法への高度化の必要性と可能性の検証という観点から研究分析する。 法治主義担保の統制手段の研究に関しては、主観的(権利保護的)統制手段としての公権力的事実行為に対する行政裁判権拡大を素材としてこれを研究分析する。同じく後者の客観的制度的統制については、かつて内務相諮問機関として設置された人権審議会を発展的に再編統合したオンブズマン制度(行政不正申告制度)の機能論の分析の観点から研究を深化させ、本研究の3年度で区分した研究論点の総合化を図る。 いずれの視点も、最も権力的な活動であり法治主義の徹底が求められる警察法分野にあって、民主的関与機関である公安委員会制度が、却ってその徹底を阻み法治主義の空白を生み出すやにも見えるわが国警察法にとって、極めて有益で有用な研究価値を有する。 研究の具体的推進方法としては、警察法治主義に関する文献研究、2段階的行政裁判権に係る文献研究そして人権審議会を擁し国際的拷問抑止機能も担うオンブズマン制度にかかる報告書の分析研究の作業が中心となるが、時宜をみて現地にも研究取材を行い実務資料の収集にも当たり、かつ研究者・法実務家へのインタビューを実施することで、文献研究を裏付ける実証性および総合性を獲得する作業に従事する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本務校における在外研究機会の供与により、当初予定した海外出張費が大幅に節減されたため。当初2回の海外出張を予定していたがこれを実質1回(ウィーンからのベルリン出張に充当)に止め、直接経費の殆どを書籍購入費に充当した。ただし、発注した書籍にも絶版、品切れ等の事情が発生したため、残余額が出ることとなった。また、印刷費等についても、在外研究滞在機関での客員研究者の厚遇を許されたため、その必要を生じなかったため。
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次年度使用額の使用計画 |
本務校における授業ならびに業務負担にもよるが、本年度は研究遂行の最終年度でもあるため、研究課題の総合的総括の視点から、ドイツとの比較考察の可能性をも含みつつ、2回の海外出張を行ないたい。ただし、現地取材が困難な場合には、本年度同様に貴重かつ重要文献の購入、特にEUレベルでの治安法制にかかる文献購入に充てることとする。また、収集図書の分析、知見集積にかかる資料および研究成果のデジタル化促進ための機器備品(PC関連・周辺機器)の購入についても充実を図る予定である。
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