本年度は研究期間の最終年度であり、アメリカにおける損害賠償に関する知見の深化と私人による違法行為の抑止およびエンフォースメントを支える制度について考察した。 まず損害賠償の要件たる因果関係について不明瞭な判定が行われている問題を抽出し、それが専門家証言採用の厳格性に由来していることを分析した。次に、懲罰的損害賠償の現状に焦点を当て、填補賠償と比較して一定の率を乗じる方法により、懲罰的損害賠償額の予測が可能となってきていることも分析された。また、定期金賠償方式については、それ自体が税金対策としてのみ機能し、違法行為の抑止効果がないことが示された。 私人による違法行為の抑止効果とエンフォースメントを支える制度については、日本とアメリカ、さらにはイタリアとの司法制度上の相違を考察した。その結果、アメリカにおいての特徴として裁判による紛争解決で裁判所外の私人を有効活用する制度があり、とりわけスペシャル・マスターが裁判所予算の削減に比例して私人による違法行為の抑止に多大に貢献している。 アメリカにおいては、他国とは異なり紛争解決を私人に委ねる傾向となっている。そのため、違法行為の抑止およびエンフォースメントに私人が多大な貢献を行っている。しかし、2015年以降は、紛争解決は私人に委ねられざるを得ない状況にある。クラス・アクションを放棄して仲裁を認める消費契約を合衆国最高裁判所が合法としたためである。本年度に実行したアメリカにおける裁判官と研究者へのインタビューの結果、多くから公的紛争解決の消滅との指摘を受けた。紛争解決を過度に私人へ委ねた結果であり、私人による違法行為への抑止およびエンフォースメントがもつ消極的作用といえる。そこで、いかにして過度の依存を軽減するかが今後の課題として残されている。
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