研究課題/領域番号 |
25380188
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
木宮 正史 東京大学, 大学院情報学環, 教授 (30221922)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 冷戦 / デタント / 韓国 / 北方外交 / 日韓関係 / 米韓関係 / 朝鮮半島 / 北朝鮮 |
研究実績の概要 |
平成26年度に関しては、まず、平成26年9月に約2週間、米国ワシントンDCの国立公文書館を訪問し、1970年代における米国の対韓政策、対朝鮮半島政策などに関する一次史料を調査し、必要なものに関しては収集する作業を行った。74年以降の外交文書に関しては、まだ本格的に公開されていないのだが、それは、カーター、レーガン大統領図書館や米国国家安全保障文書館などの資料で補うことによって、ある程度、研究のめどをつけることを試みた。 さらに、平成26年3月末に公開された1983年から4年にかけての韓国外交文書を調査した。以前のようにマイクロフィルムから1枚1枚複写するということではなく、DVDから一括して複写することが可能になったため、調査の手間はだいぶ省けるようになった。1983年の韓国外交は、それまでの対ソ関係を中心に進められた対共産圏外交が、大韓航空機に対するソ連軍の撃墜事件を契機として、ある意味では挫折し、その代わりに対中外交が進展していくという、変容期にあたるために、興味深い数多くの資料に接することができた。 研究論文の執筆に関しては、2015年が日韓国交正常化50周年ということもあり、これに関した国際会議や論文執筆の機会を与えられることが多くなった。そこで、韓国の対共産圏外交や対非同盟外交に関して、日本がどのように関わったのか、換言すれば、韓国外交に関する日韓外交協力のあり方を韓国の外交文書を通して明らかにするという作業に取り組んだ。また、東アジア国際関係における安全保障の構図が変容する現状を鑑みて、過去から現在に至る日本の対朝鮮半島外交を狭い意味での外交ではなく安全保障に焦点を当てて再照射する作業を進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
米国の外交文書が予想されたよりは公開速度が遅いために、その点が研究の進展における障害になっていることは率直に言って認めなければならない。もちろん、各大統領図書館におけるホワイトハウス関連文書や、情報公開法によって米国国家安全保障文書館が入手してインターネットや有料の電子コレクションとして公開している文書によって相当程度、70年代後半から80年代初頭にかけての米国外交については明らかにすることも可能ではあるが、国務省でどのような議論が展開されたのか、また、現地の大使館とワシントンとの間でどのようなやりとりがなされていたのかに関しては、いまだに不透明な部分が多い。 しかし、肝腎の韓国外交文書は予定通りに公開が進んでおり、また、従来、韓国の北方外交に関しては、外務省の公刊資料や外交官の回顧録などに依拠してきただけに、外交文書という一次史料に接することによって、その当時の政府、外交官がどのような考えを持っていたのかをリアルに知ることが可能となった。そこでは、韓国外交の置かれた機会と限界とをどのように天秤にかけて北方外交を展開しようとしていたのか、また、それをめぐる韓国政府内部の政治力学がどのように展開されたのかという、ダイナミックな政治分析を可能にしている。 また、平成26年度は、日韓国交正常化50周年を迎える節目でもあるだけに、こうした韓国の北方外交、対共産圏外交、さらには、対非同盟外交における北朝鮮との外交競争という本来の研究テーマに関わって、そこに日本がどのように関わったのかを明らかにするという新たな作業にも取り組むことができた。そこでは、従来からよく言われてきた日韓の経済協力という側面だけではなく、外交に関しても日韓が密接に協力関係を積み重ねてきたという新たな視点を導入することが可能となった。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度はこの研究の集大成の年であるだけに、まず、まだ公開されたばかりの韓国の1984年度の外交文書に関する調査研究を進める。特に、それまでの対ソ外交を中心に進められてきた北方外交が、次第に対中外交に重点を置くという方向にシフトしていく時期だけに、北方外交をめぐって韓国政府内部でどのような議論が行われたのかについて、その政策過程を明らかにすることを試みる。 次に、そうした韓国外交に関する米国の視点をもう少し明らかにすることを試みる。基本的に、米国は韓国の北方外交に関しては協力的な姿勢を持っていたことは間違いないが、しかしながら、その間には微妙なずれがあったことも否定できない。特に、韓国の人権、民主化をめぐる米韓政府間の軋轢が次第に高まっていく時期だけに、そうした問題とも絡んで、韓国の北方外交をめぐる米韓関係の協力と軋轢がどのように絡んでいたのかを明らかにすることは、東アジア国際政治の変容過程を明らかにするためにも非常に重要な知的作業であると考える。 さらに、2015年は日韓国交正常化50周年という節目の年になるだけに、韓国の北方外交に対する日本の関与という問題も考える必要があると新たな視点の必要性を感じた。従来、80年代後半の狭義の北方外交だけに焦点を当てると、日本の関与はそれほど目立たないということが言われていたが、果たしてそうだろうか。70年代からの長期的な時間軸で韓国の対共産圏外交、北方外交の展開を分析し、そこに日本の関与を考慮に入れると、実は、韓国外交に対する日本の外交協力がいかに機能していたのかということが明らかになる。特に、現状において日韓関係が葛藤に満ちているだけに、こうした過去における日韓外交協力の事例を歴史的実証的に明らかにするという知的作業は、今日の日韓関係の現状と未来を考える上でも大いに貢献すると考える。
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