本年度は研究最終年度として、これまで進めてきた研究を総括するとともに、その一部を単著として刊行する準備を進めた。その成果は『ジャズ・アンバサダーズ』として刊行される。 戦後、ヨーロッパがナチス支配から解放されると、戦前とは比較にならない規模で「アメリカ」が流入したが、マーシャル・プランと北大西洋条約によって政治経済および安全保障上の関与をアメリカに約束させた西欧において、アメリカは文化的には「招かれざる帝国」だった。西欧の知識人は一般にアメリカは文化を持たないと考えた。よってアメリカにとっては、文化冷戦を優位に進めるためにも自国の偉業を周知する武器が必要だった。モダン・アート、舞台芸術、クラシック音楽といった分野において、アメリカ文化の先駆性や水準の高さが主張され始めた。 アメリカ文化の水準が低いと考える西欧の知識人にとって、アメリカ生まれのジャズは例外だった。だが厳密にいえば、ジャズはアメリカニズムを超える存在として受容された。さらにそれは、時に反米の意思表示媒体としてさえ機能した。専門誌ではアメリカにおける人種差別を糾弾する記事が載り、反核反米運動のデモに際してはジャズが演奏された。つまり、アメリカ政府がアメリカニズムの象徴としてジャズを発信したのとは対照的に、ジャズを受信する側の論理は自律的であり、時にアメリカを超える哲学を提供したのである。 本研究では「アメリカ」表象を通して戦後国際政治を検討したが、その際には冷戦史を隣接諸分野(たとえばカルチュラル・スタディーズや文学、音楽学)と接合させながら進めることが不可欠であることが明らかとなった。
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