研究課題
本研究はアジア女性基金とドイツの「記憶・責任・未来」財団による道義的償い(前者は元慰安婦に、後者はナチでの東欧出身強制労働被害者)の和解への対照的な貢献結果の背景を多角的に分析した。両者はかなり違う政治的社会的状況に置かれていた。和解に到らなかった前者には、補償、請求権問題は法的に解決済みとの立場をとる日本政府は慎重な姿勢をとった。また日本国内社会でも強硬保守の反対が強かった。さらに基金は活動にあたって、被害国側、特に韓国からは反対と抵抗を受けた。一方和解に成功したドイツの財団は、ドイツ政府、企業、そして被害国側から全面的な支援と協力を事業立ち上げ、資金、運営において受けていた。日独での異なる政治的社会的状況の背景を、後者の過去の反省の国民的理解の高い統一性に求める解釈があるが、それには他の要素があった。ドイツでも過去の直視反省はその時々の実際的な補償政策に追随する形で進み、修正主義論争もあり、統一性は常に盤石ではなかった。しかしドイツでは以下の肯定的要件がそろっていた。強制労働への補償は既に(ドイツ在住のユダヤ人などを対象に)にされており、財団の事業は既存の政策の延長であった。何よりもドイツ政府、企業にとって償い事業は国益、企業の利益に資するものと考えられた。一方基金が対象とした元慰安婦むけの道義的償いは前例がなく、元慰安婦への償い事業と日本企業や政府の利益の一致もなかった。そして慰安婦問題のもつ性的家父長的性質が加害者被害者双方にもたらすそれぞれの屈辱感は、道義的責任の解釈を複雑化させ、基金へのそれぞれの立場からの反発を強めた。実際、日本政府による同様の償いでも植民地出身の元軍人軍属への事業は抵抗なく行われた。道義的償いは、国民レベルでの戦時への一般的な反省の程度よりも、補償対象となる個別の問題の性質とその補償政策への政治的経済的考慮に大きく作用されると考えられる。
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polylog: zeitschrift fur interkulturelles Philosophieren
巻: 34 ページ: 67-82
Social Science Japan Journal
巻: Vol. 18, No. 2 ページ: 146-161
10.1093/ssjj/jyv009 SSJJ