今年度は、平成25年度に行われたスミス研究を基礎として、そして平成26年度から27年度の3年間に行われた、その他の思想家の見解に関する概略的考察を加えることによって、社会、市場、経済成長、政府の関係に関する総合知を形成するとともに、その成果にもとづきながら、2030年、2050年を視野に入れた「目指すべき社会」について構想した。 その結果、目指すべき社会として、「スミスが構想した社会」、「J. S. ミルが構想した社会」、「センが構想する社会」の3タイプに加え、思想家・実践家の「ジャン・バニエが構想する社会」があるということが分かった。スミスが構想した社会は、共感にもとづいたフェアな競争を通じて物質的豊かさを追求する社会であり、ミルの社会は、機会の均等化を通じて、より多くの人が競争に参加できる社会、センが目指す社会は、個人、特に不利な境遇にある個人のケーパビリティ(選択の幅)を拡げることを全体としての物質的な豊かさよりも優先させる社会である。これらは、いずれも強い人や優れた人が社会の中心になって弱い人や劣った人を保護する、あるいは包摂しようとする社会である。これに対して、バニエの社会は、弱い人や劣った人(正確には「弱いとされている人」や「劣っているとされている人」)を中心に置いて、強い人や優れた人(正確には「強う意図されている人」や「優れているとされている人」)が彼らや彼女らに向き合い、自身を解放する社会である。これら4つのタイプの目指すべき社会を発見できたことが、5年間の研究の主要な成果と言える。
|